小路幸也「東京バンドワゴン (1)」

mike-cat2006-06-23



〝古本、高値で買い取ります、事件、万事解決します。〟
〝明治から続く下町古書店東京バンドワゴン>。
 ちょっとおかしな四世代ワケあり大家族のラブ&ピース小説〟
いままで読んだことのない作家だが、
各方面で評判もいいようなので、とりあえず初挑戦。


巻末には、こんな一文が記されている。
〝あの頃、たくさんの涙と笑いをお茶の間に届けてくれたテレビドラマへ。〟
まるでホームドラマを、小説で再現したような、
ある意味ベタな世界が、そこには繰り広げられている。


東京バンドワゴンは東京のやたらとお寺の多いあたり、
道1本入れば、入り組んだ道や曲がった小路にある、築七十念の日本家屋の古本屋。
79歳の3代目店主、勘一とその息子、孫、ひ孫の4世代が暮らす店舗兼住居では、
きょうもきょうとてにぎやかな騒動が持ち上がり−


この79歳のひいじいちゃん、勘一が、
そのまま「寺内貫太郎一家」の小林亜星を思わせるキャラクター。
そしてその息子で自称「ロックンローラー」の長男、我南人は、
これまたまるまる内田裕也、という、まことにわかりやすい感じのキャラクターだったりする。
で、その娘の藍子は未婚の母であったり、長男の紺夫婦とその息子、
そして愛人の息子、青も同じ家に同居するという、
4世代家族によるドタバタ劇は、76歳にしてこの世を去った勘一の妻、サチによって語られる。


ご近所さんも総登場ということで、描かれるのは、失われた昭和の下町コミュニティ。
わざとらしいセリフ回しに、いかにもな事件の数々。
本来であれば陳腐となりそうな部分を、あえてベタベタに描くという、
いわばホームドラマへのオマージュに満ちた小説なのである。


古本屋が舞台とあって、古書へのこだわりも随所で触れられる。
明治の頃に新聞社を主宰したものの、
当局の弾圧で志半ばで稼業を継いだ先代による家訓は
<文化文明に関する些事諸問題なら、如何なる事でも万事解決>
古書だけでなく古典籍ともいわれる貴重品も多い書庫は、同業者からも宝蔵といわれる。
それでも目録は門外不出の、店売り一本。
展示会にも滅多に顔を出さないという念のいりよう。
家訓の<本は収まるところに収まる>
人と本を結ぶのは店であるという先代の信念が、そのまま店のポリシーでもある。
なるほど、こだわりの古書店、という感じがひしひしと伝わってくる。


家族の中心ともいえる、〝内田裕也〟我南人もなかなかいい。
家出した小六の孫娘、花陽のもとへいち早く駆けつけた、我南人がこう話す。
「家出は若者の特権だねぇ。
 年取ってからやると失踪者になっちゃうからねぇ、今のうちにどんどんやりなさい」
ケンカが原因とわかるとこう続ける。
「ケンカは若者の特権だねぇ。年取ってからやると犯罪になるからねぇ」
で、結論はこう。
「LOVEこそすべてだねぇ」
ビートルズの時代から、一歩も進んでいない、そんな人物なのだ。
それでも、きちんとオチはある。
最後に、花陽が抱いていたネコがにゃあと鳴く。
「にゃあだねぇ。やっぱりLOVEは鳴かないとねぇ」
結局このオジさん、なにも考えてなさそうなのが、意外と味わい深いのだ。


物語そのものが、やや散漫な印象もあるし、
いわゆるホームドラマに何の思い入れもない僕としては、
手放しで面白い、という評価はしにくいところだけど、
こんなちょっとしたこだわりがなかなか悪くない1冊。
そのまんまホームドラマにしたら、お好きなヒトにはたまらないだろうな、と思う。
少なくとも文庫化されたら、読んでも損はない1冊じゃないかな、と。


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