近藤史恵「天使はモップを持って (文春文庫)」

mike-cat2006-06-22



賢者はベンチで思索する」にも通じる、日常ミステリー連作。
今回の舞台は、会社のオフィス。
〝ひそかな悪意が招いたオフィスの8つの事件〟
〝オフィスも人間関係もキリコちゃんにかかれば、すっきりクリーン〟
そう、名探偵はオフィスの〝掃除のオバちゃん〟ならぬ、
ギャル系掃除スタッフのキリコちゃん(10代!)なのだ。


オペレータールームに配属された新入社員、梶本大介。
女性ばかりの職場で肩身の狭い毎日を送る大介が、社内で見かけた奇妙な光景。
業務用掃除機を華麗に操るのは、若い女の子。
赤茶色にブリーチした髪は、高い位置でポニーテールに結われ、
綺麗に日焼けした小柄な体には、ぴっちりとしたTシャツと、へそピアス…
彼女は社内の名物でもある、掃除の達人、キリコだった。
社内で起こる事件を、掃除スタッフならではの視点と、
抜群の機転で解決するキリコに、大介はいつしか魅せられてゆく−


日常ミステリーの魅力は、謎解き以上にその舞台設定とキャラクターがものをいう。
「だれも掃除をしている人なんて存在しないと思っているからね」と嘯くキリコ。
確かに、掃除のスタッフの人は、そこにいるけど〝いない人〟にもなりえる。
悪意を持って事件を起こす人でさえ、その視線の先に映らないこともある。
そんなキリコだからこそ見えてくる〝何か〟という設定は、
まったくのオリジナルではないかもしれないが、やはり斬新な印象を受ける。
そして横軸となるのは、語り手たる大介との淡いロマンス。
事件を解決してゆくキリコに惹かれつつ、
いいようにキリコに操られてしまう大介のキャラクターも、これまた捨てがたい。


繊細な情景描写もこの小説の大きな魅力だ。
3編目の「心のしまい場所」の書き出しはこんな感じ。
〝いちばん最初に季節を運んでくるのは女の子だと思う。〟
四月になったばかりのオフィスの様子、そして雰囲気をこの1行に凝縮して伝える。
思わず「さすが!」とうなりたくなるような、そんな導入だ。


掃除を愛するキリコの胸の内も思わず抱き締めたくなるくらいの愛らしさが漂う。
映画「バグダッド・カフェ」なのだ。
砂漠のさびれたモーテル兼ガソリンスタンド兼カフェを、
ぴっかぴかに磨き上げるおばさんがもたらした、ひとつの奇跡を描いている。
あの名画を理由に、掃除との出逢いを語るキリコ。
こんなロマンチックなお話が、
〝若いんだし、ほかに仕事はいくらでもあるだろうに〟という、大介の疑問を払拭するのだ。


読んだら掃除がしたくなる、とまでは言わないが、
思わずハッピーな気分になることは、請け合いだ。
ミステリ的な弱さには目をつぶって、
まずはキリコのオフィスにいるような気分を楽しみたい1冊だ。


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