デイヴィッド・ベニオフ「99999(ナインズ) (新潮文庫)」

mike-cat2006-06-14


25時 (新潮文庫)」のベニオフによる最新短編集。
スパイク・リーの監督で映画化された「25時」に加え、
「トロイ」「ステイ」でも脚本を手がける、いま旬の作家・脚本家だ。
オビにはジョージ・P・ペレノーケスによる賛辞がある。
〝格別で、朗々と、美しく…〟
なるほど、「25時」に通じる雰囲気のようだ。


8編による短編集、である。
表題作の「99999(ナインズ)」を始め、その設定は多種多様。
「獣化妄想」「分・解」など、SF、ファンタジーの体裁を取る作品もある。
底流に流れるのは、「25時」同様の、
希望と諦念の間を行きつ戻りつする哀しさ、切なさの感情描写だろう。
きれいに〝いい話〟にまとめることなく、覆しようのない人生の現実を受け容れる。
それでいて、独特の余韻を残す仕上がりぶりが、何ともいえない。


「99999(ナインズ)」は、
しがないバンドと縁を切る、売れる才能を持ったヴォーカルと、エージェントの物語。
巻末の解説にもある通り、走行距離計の表示と小切手に並んだ0の対比が美しくも哀しい。
「悪魔がオレホヴォにやってくる」は、チェチェン紛争に派兵された新参兵士の悲哀を描く。
古参兵に、そして現地の老婆に翻弄されていく姿が何とも言えない読後感を残す。


「幸せの裸足の少女」は失われた恋、失われた人生をめぐる悔恨が印象的だ。
〝本の途中で読むのをやめるべきだったのに読んでしまった最期の陰惨なページ〟に、
図らずも触れてしまった〝私〟の哀しみは、
どうにもしようのない虚しさをたたえ、読む者のこころに突き刺さってくる。


「ノーの庭」では、「ノー」を突きつけられ続けたふたりの男女が主役。
ある場面で口にせずにはいられない、「ノー」に皮肉な哀しみが宿る。
〝ぼく〟に取り憑いた〝亡霊〟と折り合いをつけるのは、
「ネヴァーシンク貯水池」と「幸運の排泄物」の2編。
どちらも忘れ得ぬ一編ではあるが、
エイズを扱った「幸運の排泄物」は、ひときわ哀しさと一種異様な美しさ際立つ。
8編の中でもマイベストを上げるならこの1編だろう。


というわけで、ベニオフという作家の、奥深さを垣間見るような短編集。
脚本家としての手腕もさることながら、今後も読み続けたい作家になりそう。
まずは大阪では未公開の「ステイ」(東京ではすでに…)を楽しみに待つことにしたい。

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