乙一「ZOO 1 (集英社文庫)」「ZOO 2 (集英社文庫)」

mike-cat2006-06-10



映画化もされた「ZOO」を分冊し、
単行本未収録の「むかし夕日の公園で」を加えた文庫判、である。
ハードカバーは、以前から気になっていた。
ひときわ目立っていたのは、文庫でも使われたこのオビ。
〝何なんだ、これは。 北上次郎〟。
それに加えられた、直筆のオビが人を喰っていた。
〝この本の作者は北上次郎さんではありません〟
でも、刊行当時はあまり乙一に興味がなく(もったいない…)、
その後は「すぐに文庫になりそう」なんて思い、今日に至る。


時には背を凍りつかせ、時には泣かせ、時には嫌悪感に浸る…
幕の内弁当、もしくは屋台村、といってもいいぐらい、
さまざまなテイストに満ちあふれた短編集に仕上がっている。
そのどれもが一級品、傑作という言葉がこれほどふさわしい本もそうはないだろう。


「カザリとヨーコ」でいきなり度肝を抜かれる。
お得意のいじめネタで幕開けした物語は、ひねりの効いた結末で幕を閉じる。
矛盾した表現だが、爽快にどす黒い、という逸品である。


「SEVEN ROOMS」は、そのまま映画「SAW」のネタに使えそうな不条理サスペンス。
横つながりになった7つの部屋。
そのひとつに閉じ込められた幼い姉弟
7つの部屋を貫いて流れる汚れた溝。
各部屋に一人ずつ監禁された、若い女性。
非常に猟奇的ではあるんだが、サスペンスとしては絶妙の仕掛けとなっている。
その部屋を自由に行き来できる幼い弟、〝僕〟が語る物語は、衝撃のひとことに尽きる。


「陽だまりの詩(シ)」は、静謐な雰囲気に満ちた作品だ。
感情を教え込まれたアンドロイドが体験する、美しくも哀しい悲劇。
SF的な設定が、存分に生かされたドラマでもある。
ウサギとのエピソードはもう、涙なしに読むことはとても無理だろう。


で、表題作の「ZOO」だ。
腐りゆく彼女の死体の写真が、毎日郵便入れに届く、という怖いお話。
「コックと泥棒、その妻と愛人」のピーター・グリーナウェイが1985年に撮った映画「ZOO」、
その中で登場した〝動物の死骸が腐敗していく過程〟を、ひとつのモチーフにしている。
ひねりに多少の強引さは感じるが、複雑な哀しみをたたえた、印象深い作品だ。


「冷たい森の白い家」も、
猟奇的おとぎ話の世界をどす黒い皮肉な結末で締めくくる、とんでもない作品。
あまりのダークさに、思わず愕然となること請け合いだ。
主人公は、お馴染みの虐められキャラなんだが、
いまいち正体は不明で、こちらもどうにも気になってしまう、ディープな作品といえる。


「神の言葉」もなかなか強烈な設定で攻めてくる。
「いい子」を装う〝僕〟が持っている、不思議な能力。
力をこめて語った言葉が、そのまま現実となる、恐ろしい力でもある。
サボテンと猫の区別ができなくなった母が登場する冒頭から、
もう一気に物語の世界に没入してしまう、これまた恐ろしい作品なのである。


「いじめてオーラ」が嗜虐心をくすぐるハイジャック犯(それもそれでものすごいが)
に乗っ取れられた飛行機が舞台となる「落ちる飛行機の中で」もいい。
飛行機に乗り合わせた〝私〟と、隣のヘンな男の序盤の会話を引用する。
「もしもこれが小説だったとしたら、最後に主人公がなんらかのアクションを起こして
 あの子をやっつけるのでしょうけれどね」
「私たち助かるの?」
「さあてね。例えば短編集の最後に収録されるような書き下ろし作品だったら
 そんなまっとうな結末ではないかもしれませんよ〜」
で、この予言の通り、まっとうではない結末が用意され、またも読者は唸らされるのだ。


文庫特別収録の「むかし夕日の公園で」も、
独特の〝心地悪い〟余韻を残し、何とも言えない読後感と充実感が味わえるこの作品。
「文庫化される前に読んどけよ」と自ら突っ込みを入れつつ、こう言い切りたい。
何はともあれ、必読の1冊(2冊?)である。
悪趣味な部分も否定しないが、読み逃すのは人生の損失、といってもいい。
そのくらい、薄気味悪くも、涙を誘う、そして美しい短編集なのだ。


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