ピーター・キング「グルメ探偵、特別料理を盗む (ハヤカワ・ミステリ文庫)」

mike-cat2006-06-04



〝美味美食がモットーのグルメ探偵社オープン〟
〝当社でお引き受けできるのはグルメな依頼のみです。〟
2000年に刊行された「グルメ探偵」の新訳・改題。
料理専門のグルメ探偵による、一風変わった探偵ものだ。


〝ぼく〟は料理関係の調査を専門とする、通称「グルメ探偵」。
珍しい外国産の食材を探し出し、不足している食材の代案を提供し、
入手困難な−あるいはほぼ入手不可能な食材の別の産地を見つけ出す、
または珍しい食材をあつかう業者が販路を見つけだすお手伝い…
「今の時代は、専門を持つのがふつうなのです。
 そしてぼくの専門はスモークサーモンやサルシフィ、ソーテルヌというわけです」
そんな〝ぼく〟のもとに飛び込んできたのは、
ロンドンでも屈指の名店オーナーからの、意外な依頼。
ライバル店のスペシャリテ「ワゾ・ロワイヤル」のレシピを探ることだった。
さっそく調査に乗り出した〝ぼく〟は、とんでもない事件に巻き込まれていく−


グルメ探偵、とあって、出てくる料理の数々は、まさしく垂涎、というやつだ。
超一流店の料理に加え、自らが手をかけるひと皿ひと皿も魅力的。
それだけではない。
中世料理の再現についてアドバイスを求められると、魅惑のレシピが浮かび上がってくる。
たとえば、〝モンシェル〟だ。
すでにレストランのメニューからは消えた、古典料理だという。


〝ミント、タイム、マージョラム、タマネギ、
 ワインを入れたスープ・ストックでラムの首肉を煮込む。
 しばらくしてからショウガ、サフラン、シナモンを加え、さらに煮込む。
 卵の黄身にレモン汁とブイヨンをすこし入れてよく混ぜ合わせ、それも鍋に入れる。
 こうしてとろみをつけたソースは、スパイシーな香りをただよわせて、
 おいしそうな黄金色に輝いている〟
こんな案配で、次々と美味しい場面が続いていく。


一方で、このグルメ探偵は、ちょっとした探偵マニアでもある。
ありとあらゆる探偵小説の主人公の名前が、作品に散りばめられる。
レストランでの殺人事件を目のあたりにした〝ぼく〟がこうつぶやく。
〝この場にエルキュール・ポアロがいたら、死の匂いがするとでもいいそうだが、
 正直なところ、部屋にはまだおいしそうな匂いがただよっていた。〟
物語の警察小説マニアの警官も登場するんだが、
その警官との掛け合いなんかももう絶妙なのである。


その割に実はこの〝ぼく〟、私立探偵のライセンスを持っていない。
殺人とか盗難、なんて事件はもってのほか、でもあったりする。
だから、どこか調査は的外れで、何だかピントはずれ。
料理に対する見識の高さと対照的な、その迷走ぶりがまた楽しかったりもする。
いわゆるミステリ、としての部分に関しては、
とんでもないひねりというか、何というか、思わず笑ってしまう。
こちらもなかなかの魅力にあふれているのだが、
この作品の味わいはやはり、料理の数々と探偵小説へのウンチクに尽きる。
それだけでも十分楽しめるくらいの、グルメな作品に仕上がっているのだ。


解説によれば何でもこの作品、ニューヨークを舞台にした続編も刊行予定だとか。
こんどはどんな美味しい料理が登場するのか、考えただけでもワクワクしてしまう。
ことし中には、とのことなので、心して待ちたいな、と思う。

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