井上夢人「プラスティック (講談社文庫)」

mike-cat2006-05-29



〝謎と恐怖のスパイラル 「私」の存在が崩壊する〟
読もう読もうと思っているうちに、
いつしか未読の山に埋もれていた待機本。
ダレカガナカニイル… (講談社文庫)」と悩んで、こちらをチョイスする。


54個のファイルがおさめられた1枚のフロッピィ。
そこにおさめられた日記、そして文書には驚くべき秘密が隠されていた。
出張中の夫を待つ主婦、向井洵子の日記に記された、「私」の悩み。
もう一人の「私」が私の近くにいる。「私」は一体誰なのか。
奥村恭輔、若尾茉莉子、本田初美…
誰もが次々と、不条理な出来事に巻き込まれていく−


いわゆる〝信用できない語り手〟による物語である。
小説、というメディアならではの、やり口ともいえる。
映画なんかだと、「アイデンティティー」みたいな感じになるのだろうか。

その仕掛けは、ハードカバー刊行当時の1994年でも、斬新の部類には入らなかっただろう。
よほどのウブな読者でもない限り、
前半あたりで「はは〜ん」と、その仕掛けに気付いてしまうはずだ。
途中からは仕掛けを探るより、仕掛けをどう膨らませ、どうまとめるか、に興味は移る。


仕掛けを見破ることを第一に考えてしまうと、確かにうむむ…かもしれないが、
だが、この小説はそこからがむしろ本領発揮、といってもいいのである。
このテの仕掛けを用いた場合、
どうしても矛盾の部分に対し、意地悪な視線を送ってしまいがちだが、
この仕掛けならでは、の論理に従えば、致命的な矛盾はないといっていい(と思う)。
仕掛けを承知した上でのちょっとしたひねりなんかも効いていて、なかなか楽しい。
指示語がやたらと多くて恐縮なんだが、「ああ、それもそうなのね…」という感じで、
仕掛けがばれる後半以降もダレずに話が展開していく。


惑わせに惑わせる前半から、終盤のまとめ方もスムーズだし、
かといって説明不足ではないから、エンタテインメントとしてはかなりウェルメイド。
ラストの仕掛けが、ちょっと芝居がかりすぎた印象は否めないが、まあそれもよし。
ホラー映画の最後でよくある
「やっぱり怪物が生きていた!」みたいなお約束と考えれば、心地よくすら感じられる。


ワープロ、フロッピィ(フロッピー、だよな…)といった、当時の最先端テクノロジーに触れ、
ほんの10年前を懐かしんだりもできて、なかなかに楽しい。
いまだったら、ブログとかが小道具に使われるのかな、などと思いつつ、一気読みした。
また、同じ設定で映画のように〝リメイク〟しても面白いのかも。
とにもかくにも、いい感じで軽く楽しめる一冊だった。

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