黒田研二「カンニング少女」

mike-cat2006-05-10



〝青春ミステリー新主流派宣言〟だそうだ。
読んだことのない作家に、馴染みのないジャンル。
普通ならたぶん、手にも取らないのだが、
文藝春秋でこのジャンルというのが、意外な感じと、
西島大介によるカバーイラストに釣られ、読んでみることにする。


天童玲美は大学受験を控える都立K高の三年生。
成績はごく普通、という玲美の志望校は合格確実の短大。
だが、玲美はある日、難関中の難関、馳田学院大受験を思い立つ。
それは、馳田学院大に通っていた姉・芙美子の、交通事故死の真相を探るため。
玲美は、学年一の優等生、並木愛香に受験の相談を持ち掛ける。
仲間は、陸上のスポーツ推薦で進学が決まっている椿井壮夫、
機械いじりが得意で、これまた推薦入学が決まっている平賀隼人。
準備不足と、圧倒的な競争倍率の前に、4人が出した結論。それは、カンニングだった−。


というわけで、カンニングという不正行為を、肯定的にヒロイックに描くという作品だ。
まあ、詐欺師の手口を描いた小説は数多あるし、発想自体そう特別なことではない。
だが、青春ミステリーのジャンルで、カンニングを正当化というのは、なかなか難しい。
清く、正しいが青春ミステリーの絶対条件とはいわないまでも、
卑怯な印象をどう払拭するのか、というのは、作者の腕の見せどころとなる。


ストーリーはチャプターごとに、語り手の視点が入れ替えられていく。
冒頭では壮夫であり、その後は玲美、
そして「敵陣」でもある馳田学院大の助手にして、
芙美子の死の真相を握る(と思われる)鈴村恭子に切り替わる。
恭子の視点からは、遊び呆けて授業にもまったく出ず、
試験をすればカンニングというダメ学生たちに対する厳しい視点が語られる。
「何のために大学に通っているのか?」。
まあ遊ぶためと、学歴を手にするためにに決まってるんだが、
そういう次元とは違う、まともな問い掛けが繰り返される。
恭子にとってカンニングとは、形骸化した大学教育における悪しき慣習でしかない。


そんなごく真っ当な正論に対し、カンニングする側の正当化の論理は、
姉の死の真相究明であり(ここらへん、だいぶ無理があるんだが)、
合格率アップしか頭にない、バカ教師への意趣返しでもある。
これを「弱い」と見るか、「まあ、それもあり?」と受け流せるか、は、
作品を楽しむ上で、なかなか重要な感覚になってくるかも知れない。


カンニングの手段に関しては、まあそんなやり方もあるのかな、という感じ。
いまの時代、いろいろと考えることはあるんだな、というか、
何か牧歌的なカンニングの手口(そんなヒマがあったら! というやつ)
と違って、もう完全にハイテク(死語?)の世界なのである。
だから、技術上本当に可能なのかの疑問も含めて、どこか爽快感がない。


まあ、それ以前に、小説の中にも触れられているんだが、
カンニングすればすぐできる試験なんて、つくづく意味がないこともあるんで、
そういう試験を作る方にも問題があるという気もしてくるし…
もっとそれ以前に、受験そのものが、受験にカネがかけられるかどうか、
という社会階層の再生産化のプロセスに過ぎないのだから、
意味をどうこう語るのも…、なんて考えはじめると、思考の迷路にはまるのでやめておく。


で、死の真相、というやつは当然、物語としての横軸でもある、
芙美子と玲美の間のドラマに関連して、謎が明かされていくわけなんだが、
壮夫と玲美の淡いロマンスなども含め、ドラマ部分はかなり薄いためか、
その真相とやらを聞いても、さほど感慨はない、というところだ。
まあ、この薄味がよさなのかも知れないけど、物足りなさも感じる。


読みやすいことは間違いない。さらりと読めるし、それなりに楽しめる。
だが、オビにある〝全国の書店員さんから、早くも絶賛の声〟には微妙な違和感を覚える。
本屋大賞」なんかでもよく感じることなんだが、
本当に書店員さんって、多くの本を読み込んでいるのだろうか?
非常に忙しい職場と聞いているので、読んでないことを責めているわけではない。
もちろん、本当によく本を読む書店員さんも数多くいるはずであることは、承知の上だ。
でも、最近こういった売り方の本が増える一方なのに、そこにはなぜか
本に携わるプロとしてのこだわりや、プロならではの偏愛といったものが感じられないのだ。
読みやすい文体、わかりやすい感動だけが、読書の楽しみではないはずだ。
そういう意味ではこの本も、
〝いわゆる最近の書店員さんお勧め〟みたいな匂いが強すぎる気はする。
それが必ずしも悪いというつもりはないが、やっぱりもの足りないのも確かなのだ。


まあ、このオビがなければ、ここまで興奮することもなかったはずなのだ。
だが、オビに書いてある〝あだち充みたいな青春100%〟
〝手に汗握り、最後はホロリ。ヤバい以上に面白いですよ皆さん〟
なんていうのを見ると、「そこまでじゃないだろ?」とついつい思ってしまったわけで…
詰まるところ、オビの惹句は差っ引いて考えましょう、
という、ごく当たり前の結論に達してしまったところで、きょうはおしまい。

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