奥田英朗「町長選挙」
「イン・ザ・プール (文春文庫)」、直木賞受賞「空中ブランコ」に続く、
トンデモ精神科医・ドクター伊良部シリーズの第3弾。
ひとことでいえば「伊良部vsセレブ」&「伊良部、離島へ行く」。
ちょっと番外編的な構成でお届けする(された?)最新作だ。
表題作「町長選挙」は、伊良部が激しい選挙戦に沸く離島へ出かけるお話。
ほか3編では、ナベツネならぬ人気球団オーナー、
ホリエモンならぬIT業界の風雲児、黒木瞳ならぬ自然体女優が登場する。
現実の人物を登場させた場合、現実の感情がどうしても介在してしまい、
純粋に小説として楽しめないケースが多々あるが、
この作品でいえば、昨年4月の「オール讀物」掲載の「アンポンマン」がそうだろう。
堀江貴文はもともと怪しい人物ではあったけど、
〝ああなって〟しまった現在、この小説を読んでも、どうにも複雑な想いばかりがよぎる。
奥田英朗一流の風刺はもちろん効いているのだが、やっぱりもう風化しているのだ。
なおかつ、違法スレスレのインチキ、と思われていたものが、
違法そのもののインチキである、と暴かれた今では、読んでいてやっぱりきつい。
5年、10年経っていれば、また違う読み方もできるのだろうが、
そういう意味ではもっともバッドタイミングに刊行されたような気がしてならない。
「オーナー」も同様だろう。
この人も身を引いたと思ったら、事実上戻ってきているのだから、小説のラストが台無しだ。
プロ野球再編に対する主張、とも思える部分も、なかなか微妙である。
個人的には、奥田英朗とほとんど同意見ではある。
僕の印象ではあるが、ナベツネという人物はそう悪くない。
考えた野球界の理想は独善的ではあるが、ある部分ではとても現実的なものであったし、
ほかのオーナー連中なんかと違い、誰よりも野球界を憂慮し、勉強もしていた。
高すぎる年俸を棚に上げ「ファンのための野球」を平然と歌い上げた選手会、
何の責任も持つ気がないくせに「球団をつぶさないで」と訴えたファンたちと比べれば、
よっぽど…、の感はなきにしもあらず、である。
しかし、こうした社会的な風潮の中で、そうした論調は握りつぶされてきた。
それは、「ナベツネは悪、選手会は正義」の思想統制でもあった。
だからこそ、それを題材にしようという部分でもあるのだろうが、
それがドクター伊良部の世界の中に必要以上に絡んでくるのは、正直あまり楽しくない。
あの球界再編騒動では、僕自身かなり迷惑をこうむったし、
選手会だの、オーナーだのと聞いただけで、正直虫酸が走る部分もかなりあるのだ。
ましてや、これが〝普通〟に選手会を応援していた人だと、どうなのだろう。
小説に作者の意見や思想が反映されるのは当然だが、
いままである程度以上の実績があるシリーズで、
突然こういう部分が入ってくると、違和感を感じる部分がかなりあるんじゃなかろうか。
「カリスマ稼業」の黒木瞳にしても同じである。
最近、「わたし、きれいでしょ」がすっかり鼻につく、
〝自然体〟のあの人を、奥田英朗はバッサリと切り捨てている。
これも「オーナー」と同じく、僕はもともと黒木瞳が嫌いだからいいけど…の感じなのだ。
まあ、村上里佳子なんかが出てくるよりはよほどましだが、
あまり黒木瞳そのものっぽいのが出てきても、楽しくないな、と思わずにいられない。
とはいえ、こんなことを書いていても、やっぱり伊良部シリーズだから楽しいのだ。
「何かなあ」「ここがなあ」がありつつも、やっぱりガハガハと笑ってしまう。
看護婦マユミちゃんとのコンビも相変わらずで、期待するお約束の世界がきっちりと提供される。
伊良部自身がマスコミの標的っぽくなったりもして、
その変人ぶりというか、アホっぷりはますますヒートアップの一途をたどっている。
そんな楽しさに、何の留保もなく浸れるのが、セレブ抜きの表題作「町長選挙」だ。
かつて奄美大島で展開された徳田虎雄vs保岡興治の「保徳戦争」を思わせる、
伊豆諸島のある小島を舞台に、選挙戦に巻き込まれた出向職員と、
2カ月間の期間限定で島に派遣された伊良部のからみが、とにかく笑える。
実弾だけでなく、公共工事の発注、役場の役職、
はては定期船の無料パスまでかかった、まさしく島を左右する選挙。
役所を取ってみれば、
「カラ出張が認められるのは町長一派しか認められないし。
各種勤務手当も、反対派は無視されるけど、町長一派は雨が降っただけで、
〝雨天出勤手当〟が付くんだって」という世界だったりする。
そんな中で、伊良部が選挙のキャスティングボードを握る−。
考えただけで、笑いだしたくなるようなシチュエーションが展開するのだ。
もちろん、いつも通りのいいかげん、だけど的を射た診断も健在だ。
派閥の対立に板挟みとなった、出向職員、良平に伊良部が言い放つ。
「どっちにしろ、ストレスを抱えて頑張るなんてのはナンセンスだね。
流される、それがいちばん。おーいマユミちゃん。昼の仕出し弁当、まだ?」
ろくにストレスを抱えていない僕ですら、伊良部に診察を受けてみたくなる。
というわけで、以上4編。
「オール讀物」を読んでいないので、わからないのだが、
今後もセレブ・シリーズは続いてしまうのか、はちょっと気になる。
でも、やっぱりこのシリーズは、楽しくてたまらない作品なのである。
ある意味、マンネリではあるが、読まずにはいられない魅力に溢れている。
伊良部の容貌が×正×っぽいという衝撃の事実も判明したし、
これからもっともっと、新たな事実が判明すれば、これもまた楽しいな、と。
そんな想いを胸に、次回作を期待をはせるのだった。