平安寿子「恋はさじ加減」

mike-cat2006-04-15



またまた出ました、平安寿子最新作。
このところ、ほんっとに刊行ペースが速くって、ややもすれば、
粗製濫造とまではいかないけど、微妙に物足りなさも感じていた。
だから、この本も買ったはいいが、手はなかなか出せず…
かなり遠回りをして、ようやく読み始めることとなった。


しかし、最初に書くが、これはアタリ、である。
個人的には「もっと、わたしを」以来のヒット。
もちろん大傑作「グッドラックららばい (講談社文庫)」「素晴らしい一日 (文春文庫)」には及ばないが、
平安寿子らしい味わいにあふれた傑作といっていい。
一ファンのよけいな心配は、まさに杞憂に終わったのだ。


〝おいしいと好きになるのか、好きだからおいしいのか−。
 甘い、しょっぱい、ほろ苦い。あなたの恋はどんな味?〟
〝ポテサラ、ハヤシライス、カレーうどんにバターご飯etc.
 食べ物をきっかけに始まる恋、こじれる恋を描く6編〟
というわけで、官能とは切っても切り離せない〝食〟を題材にした、恋愛短編集だ。
食べ物を扱う小説は、容易に興味を喚起させる一方で、
実際に読んでみると、これがまた期待外れのこともなかなか多い。
だが、平安寿子の絶妙の筆致は、
食への想いと、恋情をものの見事にかみ合わせ、楽しく、美味しい小説集を生み出した。


冒頭の「野蛮人の食卓」が、いきなり意表を突いてくる。
都心と郊外の境目にある住宅地の〝知られざる名店〟。
名物の焼き蛤を目当てに、気もないオトコと訪れてみれば、
出てきたオードブルはヤモリにサソリ、セミ、コオロギ。
文句を言い立ててみれば、やけに口の立つ従業員に言い負けて…
しかし、こんな展開から平安寿子は、思わずキュンとくる話に、物語をまとめ上げる。
通り一遍の思考に支配されていた〝わたし〟の成長ぶりが、頼もしくも愛らしい。


「きみよ、幸せに」で取り上げられるのは、ポテサラだ。
ポテサラは、単なるポテサラにあらず。
なぜオトコはポテサラが好きなのか、から、
ポテサラの食べ方で分かる人間の性格まで、怪しげな考察が展開される。


笑えるのは、ポテサラにこだわりを持つオトコのひとことだ。
恋人・美果から別れを告げられたオトコが、新しいオトコのポテサラの好みを聞いて、激高する。
「俺と結婚する気がないのなら、あきらめる。
 だけどな俺が美果に幸せになってほしいって気持ちは本当だ。
 だから言わせてもらうけどな。
 そいつが単なる遊び相手ならいいが、深入りはするなよ。
 どだい、ポテトサラダにソースをかけて食うようなやつは外道だ。
 信用できない。どっか欠陥がある」
さいですか…。ホント、男のこだわりっていうやつは、どこか破綻しているのである。


「泣くのは嫌い」は、タマネギ嫌いをめぐって、こじれる恋愛。
志奈のタマネギ嫌いを治そうとする徹の言葉が、とても気になった。
「話してると気になるんだ。志奈は嫌いなものが多すぎる。
 ラップが嫌い。演歌が嫌い。香水が嫌い。モーニング娘。が嫌い。
 ジョン・ウーの映画が嫌い。ハードボイルド小説が嫌い。
 ペットをバッグに入れて持ち歩く人が嫌い。
 ブランドショップがロゴ入りの携帯ストラップを売っているのが嫌い。
 ワイドショーのえらそうな司会者が頭に来る。
 野球やサッカーのマスゲームみたいな応援スタイルは醜い。
 北欧は食べ物がまずそうだから、旅行する気になれない」


いくつかを除いて、何だか、自分に言われているようで、耳が痛い。
嫌い方が激しすぎる、という指摘も、これまた自分が言われているみたい…
だが、そんな展開すらも、平安寿子の手にかかれば、
スウィートな恋愛物語に仕上がるのだから、何度も言うが、ホント不思議だ。


「一番好きなもの」のメニューは×レ×う×ん。
そのマニアの彼と、愛を奪い合う路子の姿が、何ともいじましい。
かっ飛んでいるのは、その専門店のトッピングメニューだ。
かき揚げ。海老フライ。唐揚げ。トンカツ。コーン。チャーシュー。
おかか。ホウレン草。餅。さつま揚げ。ゴボウ天。白ネギ。バナナ。
卵は生、ゆで、温泉卵、煮抜き卵。ご希望により卵とじも可。
どう考えても、カ×ー×ど×のトッピングじゃないのだが、マニアはいけるらしい。
いや、小説の中だけのエピソードであってほしい、一幕だ。


「とろける関係」は、バターご飯が誘う、年齢差22歳の恋。
バターご飯の催淫性が、やたらと笑える一編だ。
おじさまと若い女の恋を、こうまでぶっちゃけて奨励する小説もなかなかない。
「愛のいどころ」は、調理実習で「壊し屋」と異名を取った典子の話。
〝女は料理ができないと…〟に悩む典子が、おふくろの味の意味に気づく。
気持ちよく読ませるには、かなり難しい取り合わせだが、グッとくる話に仕立てられている。


以上、久しぶりに読み終わるのが惜しくなる6編。
読んでいる途中で、思わず台所に立って、何か作りたくなってしまった。
ちなみに、ポテサラはホントに作ってしまったのだが、
ソースも醤油もかけず、美味しくいただいた。
というわけで、全然まとまりがないのだが、この項おわり。
何か、美味しいものでも食べに行こうかな、と。

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