エリザベス・コストヴァ「ヒストリアン・I」「ヒストリアン・II」

mike-cat2006-04-08



1972年、アムステルダムのインターナショナルスクールに通う
〝私〟はある夜、父の書斎で1冊の本と奇妙な手紙を見つける。
古びた革の背表紙のその本の真ん中には、
ラクリア(DRAKULYA)〟と書かれた旗をつかむ竜の木版画の挿絵。
そして手紙の書き出しは「親愛なる そして不運なるわが後継者へ」
アムステルダムリュブリャナイスタンブールブカレスト
ブダペスト、ドゥブロブニク、ソフィア… 
〝私〟と父、そしてひとりの大学教授、
ヒストリアン(歴史家)たちがたどった、〝暗号への旅〟が、
東西ヨーロッパをまたに掛け、時代と世代を乗り越え、いま再び動きだす。


ホップウッド賞受賞の全米ベストセラー第1位。
〝世界33カ国で翻訳出版!〟〝ハリウッドで映画化決定〟
各書評でも取り上げられるなど、やたらと話題の作品だ。
オビには、「竜の暗号」「竜の秘密」としか書いていないので、
パッと見は、いわゆるファンタジーっぽい小説と思ってしまう。
だが、実はこれガチガチの歴史ミステリーだ。
題材は〝ドラキュラ〟といっても、ブラム・ストーカーのあれではない。
15世紀、ワラキアを治めた〝串刺し公〟ヴラド・ツェペシュだ。
オスマン帝国の侵略に抵抗するとともに、2万人もの領民も虐殺した暴君。
赤ん坊すら母親とまとめてく串刺しにしたという、暴虐の象徴だ。


じゃあ、何で〝竜〟が出てくるかというと、
オスマン帝国に抵抗したドラゴン騎士団のマークだからなんだが、
こうやってわざと〝ドラキュラ〟を隠すあたり、
NHK出版はどういう感じでこの本を売るつもりだったか、ちょいと見えてくる。
しかし、この本はいわゆるファンタジー好き向けの本とは言いがたい。
もちろん、ドラキュラの手下である〝死なざる者〟たちは、
ところどころで暗躍するのだけれど、物語自体の展開はやや地味めだ。
ヨーロッパの各都市を周り、文献や古文書、民謡や民間伝承を手がかりに、
〝ドラキュラ〟を追って姿を消えたヒストリアンたちの足跡を手繰る。
系統的には「ダ・ヴィンチ・コード」にも近いが、
その探求の道のりは、かなり硬派な学術派、といっていいだろう。
スピード感はいまいちだし、決してとっつきやすくはないが、
じっくりと腰を落ち着けて、旅の行方を見定めるのも悪くない。


二層三層に織り込まれた構成も、物語に独特の彩りを添える。
竜の本に魅入られた〝不運な後継者〟は、〝私〟だけではない。
父の指導教官でもあるロッシ教授、
そのロッシ教授の後を追う父たち、そして父の後を追う〝私〟。
1930年代、50年代、70年代のヨーロッパが生き生きと描き、
読者自身をも東西ヨーロッパ、歴史の旅に誘ってくれる。
そしてもちろん、旅の果てにたどり着く、クライマックスの興奮もたまらない。


読み終えての達成感は、かなり手応え十分の作品だ。
旅心もやたらとついてしまうので、
TVで紀行番組とかやっていたら、もういちころかも知れない。
上下巻で重たいし、活字も微妙に大きくて気にはなる。
その上1巻目はちょっと話が見えてこないし…、と問題点もある本だが、
それを乗り越えた時に訪れるクライマックスへの盛り上がりは、
他に類を見ないタイプの楽しみを、読む者に与えてくれること請け合いだ。

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