伊坂幸太郎「終末のフール」

mike-cat2006-04-04



〝世界が終わりを告げる前の人間群像。その瞬間をあなたは誰と迎えますか。〟
〝世界が終わる前の、叫びとため息。8つの物語〟
表題作「終末のフール」を始め、「籠城のビール」「冬眠のガール」…
一編一編が「××の×ール」でタイトルで統一された、連作シリーズ。


舞台となるのは、3年後に人類絶滅を控えた世界。
登場人物はいずれも、23年前に仙台北部の丘に作られた団地「ヒルズタウン」の住人。
あと8年で小惑星が衝突することが明らかになったのが、5年前。
容易に想像できる大混乱が巻き起こり、それも小康状態となった〝あと3年〟の世界だ。


主人公の人生模様はさまざまだ。残された時間が少なくなっても、
娘との仲違いを解消できない父親だったり、
優柔不断に生きることしかできない夫だったり、
かつて起きた事件の復讐に燃える男たちだったり、
外界との接触を断った少女であったり、
実現しなかったタイトルマッチに備え、練習を続けるキックボクサーだったり…


それぞれが、伊坂幸太郎一流の、生真面目だけどどこか人を喰った文体で描かれる。
未来がない世界で、将来を語るオヤジに思わずほろりとなってみたり、
「優柔不断に世界一決定戦」をめぐる議論に、思わずクスリと笑ったり、
確信犯的な、ご都合主義の出逢いに思わずグッときてみたり…
微妙にリンクしあいながら、交錯していく人間模様が、最終編「深海のプール」で集束していく。
その味わいに、思わずグッときてしまう魅力的な連作集に仕上がっている。


「鋼鉄のウール」の中に、気になる問い掛けがあった。
「明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?」
「あなたの今の生き方は、どれぐらい生きるつもりの生き方なんですか?」
これ、どちらもすんごく胸に迫ってくるし、自分の生き方に疑問を覚えるんだけど、
よくよく考えれば、明日死ぬならきょうの生き方は変わるし、
70、80歳までの残り年月ぐらいは生きるつもり、という、
だいたい当たり前の答えに落ち着かざるを得ないのも確かなのだ。


もちろん、いつ死んでも後悔のないような生き方をしろ、という意味でもあるが、
ひねくれた物言いをするなら、
人生が充実してればしてるほど、もっとやりたいことができるはずだ、とも言える。
ここで出てくるキックボクサーの生き様は魅力的だし、
読者の生き様と比べて、間違いなくドラマチックではあるけど、
あんまり真に受けすぎるのもどうかな、なんて思いも残ったりする。
たぶん、伊坂幸太郎自身も、
あえてこういう〝乱暴な〟問い掛けをさせている部分もあるだろうから、
あくまでひとつの問題提起として、受け止めれば、かなり面白くはあるのだが…


気になった点もうひとつ。
最初の2編で出てくる映画だ。
「壁の中に誰かがいる」に「キャプテン・スーパーマーケット」。
どちらもマイナーすぎて、笑ってしまった。
ちなみに「壁の中に〜」は、「エルム街の悪夢」のヴェス・クレイヴン監督作品。
昔懐かしデビッド・リンチの「ツイン・ピークス」でおかしな夫婦役を演じた、
エヴェレット・マッギル、ウェンディ・ロビーが出演する、ヘンなホラー映画。
世界の終末を3年後に迎えた世界で、
この映画に2時間近くを消費するというのは、なかなかキッツいジョークでもある。


「キャプテン〜」は、
いまや「スパイダーマン」でメインストリームを驀進中の、サム・ライミ監督作品。
こちらはスプラッタホラーの流れを作った「死霊のはらわた」のシリーズ3作目。
洒落のきついホラー&コメディの大傑作でもあるのだが、
小説の中の登場人物が「おれはキャプテン・スーパーマーケット」と、
名乗っているのを読むと、これまた感慨もひとしおだったりする、不思議なセレクションだ。


話が全然違う方に走ってしまったが、
そんなこんなの感慨を含めても、とても味わい深く楽しめた一冊。
たぶん、〝正統派〟伊坂幸太郎ファンからすると、
ちょっと微妙な作品なのかもしれないが、
死神の精度」がマイベスト伊坂作品という僕には
(といっても、まだ未読作品もそこそこあるのだが…)、かなりツボにきている作品だった。
そういえば、三浦しをんむかしのはなし」とも共通するテーマだったが、
作家それぞれの特徴が出ていて、どちらも全然違う味わいを醸し出しているな、と。
そんな、あまりにも当たり前のことを考えてしまったのだった。


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