三浦しをん「まほろ駅前多田便利軒」

mike-cat2006-04-02



待ってました! の三浦しをん最新作。
〝東京のはずれに位置する〝まほろ市〟。
 この街の駅前でひっそり営まれる便利屋稼業。
 きょうの依頼人は何を、持ち込んでくるのか。〟


引っ越しに草むしり、お見舞い代行、
留守宅のペットの世話にバスの間引き運転チェック…
まほろ駅前で「多田便利軒」を営む多田啓介は、
仕事もそこそこ繁盛し、それなりに忙しい日々を過ごしていた。
ある日仕事を終えた多田は、都立まほろ高校時代の同級生、行天春彦と再会する。
仕事もなければ、家もないという行天を事務所に受け入れた多田。
それは、行天との奇妙なパートナー関係の始まりだった−。


男同士の奇妙な友情を描いた三浦しをん作品では、
月魚 (角川文庫)」「白いへび眠る島」に近しい感覚だろうか。
しかし、その作者の趣味(ホモ漫!)にも通じる妖しい感触と、
デビュー作「格闘する者に○ (新潮文庫)」の頃からのコミカルな文体とが、
うまいことマッチした、絶妙な味わいを醸し出しているような気がする。


趣味満開、の奇妙な男ふたりは、もちろん、多田と行天だ。
まずは、便利軒の店主、多田のキャラクター。行天いわく
「あんたは要領よく大学を出たあと、堅実な会社に入って、料理がうまい女とわりと早めに結婚して、
 娘には『おやじマジうぜえ』とか煙たがられながらもまあまあ幸せな家庭を築いて、
 奥さん子どもと孫四人に囲まれて死んで、遺産は建て替え時期の迫った郊外の家一軒、
 って感じの暮らしをするんじゃないか、と思ってた」という人物。
しかし、故あっていまは便利屋を営む、なかば世捨て人状態となっている。
いや、別に便利屋がどうこうじゃなく、この多田という人物の暮らしぶりが、だ。


そして、もっと浮世離れした人物が行天だ。
多田いわく、高校時代の行天は
〝成績はすこぶるよく、見た目も悪くなかったから、
 他校の女子生徒が、行天目当てに校門付近にたむろっているほどだった。
 しかし行天は校内では、むしろ変人で有名だった。
 言葉を発さなかったのだ。授業中に教師に指されても、
 クラスメートが事務的な用事で話しかけても、彼はかたくなに沈黙を貫いた。〟
 そんな行天と、多田はただならぬ因縁も(ああ、駄じゃれだ…)あるのだが、
 十数年の時を経て再会した彼は、すっかり人が変わっていた。
 変人は間違いないのだが、やたらとしゃべる。
こちらもまた、故あって、沈黙の変人から、多弁の変人へと変化していたりするのだ。


そんな二人の人生が、時を越えてふたたび交錯する。
便利屋という、さまざまなひとの人生模様を交えながらの、
そのドラマは、スタイリッシュだけどどこか泥臭く、クールだけど、どこか熱い。
何だか心に染み入ってくる、いい感じのお話に仕上がっているのだ。


まほろ市の設定もなかなか興味深い。
位置的には完全に町田市だろう。
神奈川に突きだした、東京のはずれの街。
〝東京都南西部最大の住宅街であり、歓楽街であり、電気街であり、書店街であり、学生街だ。
 スーパーもデパートも商店街も映画館も、なんでもある。福祉と介護制度が充実している。
 つまり、ゆりかごから墓場までまほろ市内ですむようになっている。〟
街の雰囲気としては、町田市のそれに、吉祥寺の香りをまぶした感じだろうか。
終戦直後の闇市がそのまま商店街になったようなバラックなんかは、
そのまんま吉祥寺駅前のムードを漂わせているといっても、間違いない。
田舎過ぎない、都会過ぎない、その微妙な舞台設定も、小説の味わいになっている。


近作では「私が語りはじめた彼は」「むかしのはなし」がともに傑作だった三浦しをんだが、
この2作は、ともすれば耽美の方に重点が置かれている作品だった。
それはそれで三浦しをんの味わいでもあるのだが、
その耽美にコミカルな風味をまぶしたこの作品は、より一層の深みをもたらしている。
(もちろん、好みの問題ではあると思うけど…)
とはいえ、そういう理屈はともかく、夢中になって読んでしまった。
三浦しをんファンじゃない読者にも、自信を持ってお勧めしたい一冊だ。

Amazon.co.jpまほろ駅前多田便利軒