新堂冬樹「黒い太陽」

mike-cat2006-03-14



新堂冬樹作品を読むのは「銀行籠城」以来、2冊目となる。
バイオレンス&ポルノ満載で銀行強盗を描いた「銀行籠城」は、
部分部分の描写に興奮を覚えたのも確かなのだが、
作品全体のダイナミズムとか、ドラマに関してはだいぶ不満が残る作品だった。
金融会社勤務という経歴から、カネがらみを描かせたら定評のある作家だという。
それと同時に、詳細なリサーチを生かした、情報小説的な作品性も大きな持ち味だ。


今回のテーマはキャバクラだ。
オビには〝風俗業界に激震!〟
〝「ここまで書かれると商売がやりにくい!」
 新宿歌舞伎町のキャバクラ店長も絶句したリアリティ〟とある。
わたしその方面には疎いのですが、まあみんな憧れの〝あの世界〟。
陳腐な言い方をすると、華やかな世界の裏側、ということだろうか。
昨年だったか深夜ドラマで「嬢王」とか話題になっていた。
(ちょっと見た時、学芸会以下の演技に衝撃を受けたのだが…)
どうもこのキャバクラというやつ、注目の業界となっているようだ。


19歳の立花篤は、父の入院費を稼ぐため、
なによりも嫌っていた水商売、夜の世界に身を落とした。
池袋のキャバクラ「ミントキャンディ」 で新人黒服となった立花は、
ナンバー1キャストの千鶴に想いを寄せる一方で、
若くして「風俗王」にのし上がった藤堂猛から目をかけられる。
いつしか、立花は嫌っていたはずの世界で、トップを目指していく−。


キャスト、という言葉は前述の「嬢王」で知ったのだが、
まあ昔ながらのホステスというのもイメージが悪いし、
ずばりキャバクラ嬢と呼ぶわけにもいかないのだろう。
しかし、ホールだの、ラッキーだの、次々飛び出す専門用語は、
いかにもそれっぽい、ヘンな体育会系っぽさが感じられて奇妙だ。
客をつかむコツだの、接客の裏側だのの〝秘密〟とかいうのも、
いかにもありがちで、意外性はほとんど感じられない。
それは作者の取材が浅いからなのか、業界そのものが薄っぺらいからなのか、
この小説を読んでいる限りでは判断つきかねるのだが、
少なくとも読んでいてワクワクとか、ドキドキするような世界は作品中に展開しない。


もちろん、キャバクラなどを含めた風俗産業が、
巨大な利益を生み出していることは聞いているし、
若くして大成功をおさめた猛者がゴロゴロいるという話もよく聞く。
水商売というものが、素人が考えるよりはるかに難しいのもわかるのだが、
少なくともこの小説に出てくる「風俗王」とか、ナンバー1キャバクラ嬢というものに、
「やっぱりすごいな!」的な驚きというものが、ほとんど感じられないのだ。


このテの小説ではお約束のお色気シーンも、同様に薄っぺらい。
いかにもオヤジ週刊誌かスポーツ紙にありそうな、陳腐な官能描写。
ゾクゾクするような背徳性もなければ、カジュアルなエッチさもない。
三文ポルノ小説並、と書くと、
「お前、そんなに読み込んでるんかい!」と突っ込まれそうだが、
作品世界で展開されるのは、そんな安っぽい使い古されたエロなのだ。


薄っぺらいのは、そうした舞台設定やエロ描写だけではない。
ドラマが何よりも薄っぺらいのだ。
水商売を嫌悪しながら、その世界でトップを目指す立花のジレンマや、
「風俗王」藤堂との対決、そしてキャバクラ嬢とのロマンスの中で、
どんどん変わっていく立花の人間性、みたいな部分は、
中盤までやたらと伏線みたいなのが張られ、織り込まれていくのだが、
それが終盤に入ると、すべて破綻し、矛盾したままで物語が進む。
そして「だから、何がしたいわけ?」と、思わず怒りを覚えるラストを迎えるのだ。


約550ぺージというボリュームを一気に読ませる語り口、
折々にクライマックスを盛り込んだ、物語のパワーについては文句がない。
薄っぺらさは感じても、少なくとも読んでいる間は退屈はしない。
暇つぶしに文庫本で読むにはもしかしたら、ちょうどいいかもしれない。
それでも、この小説からは、未完成な印象しか感じられない。
適当に題材を集め、適当につなげただけの、キャバクラ業界〝とはもの〟小説。
「ここまで書かれると商売がやりにくい!」というキャバクラ店長、
リップサービスもほどほどにしないと、お店の程度が知れますよ…

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