岡嶋二人「99%の誘拐 (講談社文庫)」

mike-cat2006-03-13



そこら中の書店で平積みされ、再評価の気運高まる岡嶋二人
最近ようやく読み出したふつつかな読者(僕、ですが…)にとっては、
「傑作の宝石箱やぁ〜」てな感じで、うれしい限りなのである。
で、この作品。
第十回の吉川英治文学賞新人賞受賞作にして、
この文庫がすごい! 2005年版の第1位、と申し分のない肩書だ。
もう読むしかない、というわけで、ひたすら読みふける。


末期癌に冒された生駒洋一郎が、病床で綴ったある日記。
3億円事件に世間を騒然とさせた昭和43年、それは代官山で起こった。
5歳になる生駒の長男・慎吾が誘拐され、身代金と引き換えに身柄を取り戻した。
巧みに捜査陣を翻弄し、未解決のままで人々の記憶から消え去った事件。
時は流れ、昭和62年。
かつて生駒が籍を置いた大手企業の社長の孫が誘拐された。
身代金は10億円、身代金の受け渡し役に指名されたのは、生駒慎吾。
19年前をなぞったような犯罪の手口、
最新のコンピューター技術を駆使した巧みな策略…、悪夢が再現された−。


1988年刊行の作品だ。
先日読んだ「クラインの壺 (講談社文庫)」(1989年刊行)のレビューでは、
時代を感じさせない、と書いたのだが、
この作品には、とても強く時代を感じさせられる。
何せ、パソコン通信の「PC−VAN」だとか「ASCII−NET」だの、
フロッピーだの、やたらと懐かしい響きを持った専門用語が頻発する。
DOSを思い出させるコマンドなんかも出てくれば
ノートパソコン、という言葉も一般的じゃない時代だから、
「ラップトップ」という言葉に、登場人物が「それは何か?」と聞き返す場面もある。
電子メールやOCR(これは今でもそこまで一般的じゃないが…)にまで、
地の文で細かい説明が加えられているあたりも、いかにも当時を思わせる。


じゃあ、古くさいのか、ということになるのだが、そうではない。
当時の時代の匂いを感じさせるのは、あくまで舞台装置。
確かにコンピューターを駆使した誘拐の手口は、
いまとなってみれば時代遅れには映るかも知れないが、
それによって、ドラマそのものの緊迫感が削がれるようなことはない。


井上夢人にも引き継がれた、スピード感あふれる語り口はそのままだし、
重層的に織り込まれたミステリーとドラマの仕上がりも上々だ。
当時、斬新だったはずのコンピューター技術の描写は、
醸造期間を経て、ノスタルジーという新たな味わいを醸し出す。
(まあ、一方でコンピューター技術の進歩の早さに舌を巻くのだが…)
まるでワインのような、といったら大袈裟かもしれないが、
時代を超える、という表現がこれほど似合う作品もそうはないと思う。


ミステリー通にはもの足りない面もあるのかも知れないが、
僕ぐらいのエンタテイメント・ファンにとっては、文句のない傑作だ。
これで「クラインの壺」「99%の誘拐」と傑作2作が続いた。
岡嶋二人の残り作品を読むのがちょいと怖くなってしまうが、まあそれはそれだ。
何とか見極めつつ、残る秘宝に手をつけていこうかな、と。

Amazon.co.jp99%の誘拐