海堂尊「チーム・バチスタの栄光」

mike-cat2006-03-12



第4回「このミステリーがすごい」大賞・大賞受賞作。
医療過誤か殺人か、不定愁訴外来担当の万年講師と
 厚生労働省の変人役人が患者の死と謎を追う。
 現役医師だからこそ描きうる医療現場のリアリティとコミカルな展開。〟


裏表紙のオビには〝最終選考委員、全員一致で即座に決定〟。
大森望香山二三郎、茶木則雄らによる、絶賛の選評が並ぶ。
まあ大抵こういうやつは、何割か割り引いて考えるべきなのだが、
この作品については、間違いなくそのまんま受け取っていい。
ミステリー要素の弱さは微妙に感じるが、
それでも、文句なしで楽しめるエンタテイメントだ。


手術成功率100%でマスコミの寵児となった〝チーム・バチスタ〟は、
拡張型心筋症に対する心臓縮小成形「バチスタ手術」を専門に執り行う、
東城大学医学部付属病院の誇る、心臓外科のスペシャルユニット。
そのチーム・バチスタが突如3例の術死をもたらした時、
同病院の通称〝愚痴外来〟の万年講師、田口に奇妙な依頼が飛び込む。
医療過誤を司るリスクマネジメント委員会を通さず、術死について調査して欲しい。
それはチームの誇るスター外科医、桐生医師を発端とする依頼だった。
完璧な技術を誇るチームにも発見できなかった〝原因〟。
果たしてそれはミスか、それとも…
厚生労働省の窓際変人役人とともに、田口たちの調査のメスが入る−


構成としては、原因不明の術死の調査が縦軸、
それをめぐる院内の攻防、すなわち医療現場に横たわるさまざまな問題が横軸となる。
同じ医療をテーマにした、このタテヨコのリンクが、
時にうまいこと独立し、時に密接に絡み合い、緊迫感と深みのあるドラマを作り出す。
ボリューム感とスピード感のバランスもよく、
ページをめくる手が止まらない一方で、頭にはさまざまな思いがよぎる、という美味しい一冊だ。


医療用語もかなり飛び交うが、余計なトコをうまく端折っているのか、
カタカナですらも、けっこうスラスラと頭の中に入ってくる。
ロビン・クックの作品を例に挙げるまでもなく、
優れた医療サスペンスはどれも、この作品同様に、
専門的な議論を持ち込みつつ、それをわかりやすく読者に伝えている。
だから、さまざまな専門家が入り交じる、外科手術場面の緊迫感もきっちり伝わるのだ。


だが、この小説の最大の魅力は、まだ別のところに存在する。
こうしたしっかりとした骨格を肉付けする、登場人物たちだ。
何よりも強烈なのは、物語後半から登場する、厚生労働省の変人役人、白鳥だろう。
アルマーニの紺のジャケット、黄色いシャツに深紅のタイ…
〝精一杯好意的に表現すれば、素敵な服の下品な着こなし〟
〝つややかに黒光りするゴキブリ〟を思わせる外見イメージだけではない。


その人格は、自称「ロジカル・モンスター」、人呼んで「火喰い鳥」。
無礼で失礼、下品で身勝手で乱暴な、理詰め、理詰めのオンパレード。
人の気持ちなど全然考えないが、冷静にこころの動きは観察している。
計算尽くで物事を進めながらも、どこか行き当たりばったりのつじつま合わせ、
という、合理性と矛盾、論理性と理不尽を両方兼ね合わせたようなムチャクチャぶりだ。
〝医療小説界に伊良部一郎(奥田英朗 著)以上の変人キャラが登場した!〟
という香山二三郎のセリフもなかなか頷ける。
僕的には「イン・ザ・プール」「空中ブランコ」の伊良部センセイも同様に笑えるが、
まあ、そんなわけで、この白鳥だけでも小説1本書けそうな濃いキャラクターなのだ。


そして、その暴走ぶりを際立たせるのが、語り手にして主人公の〝俺〟こと、
愚痴外来の万年講師、田口も飄々としたキャラクターだ。
栄光ある〝チーム・バチスタ〟をめぐる調査を依頼され、
張り切るどころか〝それっと俺がやるべきことだろうか?〟と首をひねる。
聴き取り調査を始めても、ふとした弾みに呑気にCMソングが頭をよぎる。
「はーちみつ・きんかん・のどあめ」。何だそりゃ…
どこか人を喰った印象は、凡庸さの奥に秘められたポテンシャルを思わす。
でも、読者と同様の視点で、さまざまな謎に挑み、
白鳥のムチャクチャぶりに驚いていくから、とても感情移入しやすいのだ。


この白鳥&田口の二人については、
あんまりこまごまと説明するのも野暮なので、これぐらいにする。
ひとつだけ言えるのは、とにかく読んで、笑って欲しい! のひと言だ。
このキャラクター描写だけでも、読んで損はないだけの魅力にあふれている。


次回作が楽しみな作家が誕生したな、という一冊。
白鳥&田口(白鳥を主人公に、田口も登場、がストーリー的には無難だろうが…)
にもし、もう一度会えるのならば、これ以上の喜びもないはずだ。
心して待つことにしたい。もちろん、少しでも早い方がいいのだけれど、ね。

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