真保裕一「繋がれた明日 (朝日文庫)」

mike-cat2006-03-09



おっ、文庫になったのか、と思って手に取ったら、
何だかよく知らないうちにNHKでドラマ化されていたらしい。
背表紙には「殺人を犯した者の〝罪と罰〟の意味を問うサスペンス」
確かに、いかにも、NHKが好きそうなテーマだったりする。
犯罪加害者、そして被害者の家族が巻き込まれる苦しみは、
乃南アサの2部作「風紋〈上〉 (双葉文庫)」「風紋〈下〉 (双葉文庫)
晩鐘〈上〉 (双葉文庫)」「晩鐘〈下〉 (双葉文庫)
に近い味わいがあるかも知れない。


6年前、ケンカを発端とした殺人を犯した中道隆太。
仮釈放の時を迎え、新生活に臨んだ隆太の周辺に、
「この男は人殺しです」との新聞記事付のビラがばらまかれる。
周囲の鋭い視線、家族にまで及ぶ嫌がらせ、さまざまな〝ムショ帰り〟差別。
自分は罪を償ったのじゃないのか? 被害者にも非があったはずなのに…
ビラまきの犯人探しを通じて、隆太はもう一度自分の犯した罪に思いを馳せる。


基本的に、殺人の量刑については、甘すぎるというのが私見だ。
理由は何であれ、人の一生を奪っておいて、うまくすれば5年で出所−。
理由次第で量刑は全然違うが、正直〝殺し得〟という言葉を使いたくなる。
もちろん、社会的な制約だの、何だのはあるだろう。
ろくな職場もない、後ろ指を指されながらの生活。
しかし、もともと奪われるような「幸せな生活」もない人間にとっては、
それとて、別に大きな代償にはならない場合だってあるだろう。


ましてや、ろくに目撃者もいない「死人に口なし」のケースなど、
事実認定が、どれだけ加害者の嘘で虚飾されるているか、想像するだに恐ろしい。
もちろん、これは警察捜査、裁判制度の問題ではあるのだが、
裁判の結果というのが、被害者にとって納得がいくケースなど、まずないだろう。
その上、加害者には服役期間中、税金で3度のメシと住居、衣服が与えられ、
復讐からの保護を受けたあげく、更生のための職業教育まで与えられる。
出所すればしたで、職業斡旋だの何だの、更生に向けたさまざまな援助が施される。
犯罪者個人のためというより、再犯防止を含めた社会の必要性と理解していても、
被害者の側へのあまりに配慮のない扱いを考えれば、恵まれすぎているといっていい。


作品の中の隆太の犯した殺人の中身はこうだ。
隆太の恋人につきまとう男のところへ、「つきまとうな」と直談判に出かける。
〝用心のため〟ナイフを持参して、だ。
先に殴りかかってきたのは相手。
一方的に殴られ、蹴られて立ち上がる際、持ってきたナイフが目に入る。
それを手にして立ち上がった隆太は−、という顚末。
被害者の友人が目撃者として証言し、
先に殴りかかったのも隆太ということにされている。
そのため、隆太は出所後も整理できない感情を抱えたままだ。


それが生み出す結果も考えず、ナイフを持参する愚かさ、というのは、
いわゆる殺意そのものと比べれば、まだましなのかもしれない。
だが、その償いをたった6年で終えた主人公に感情移入はとてもできない。
もちろん、隆太は単純に「おれは罪を償った」と開き直っているわけではない。
だが、元服役者に対する、さまざまな差別に対し、「そこまで…」と反発することは少なくない。
反省していない、というわけではないのだが、やっぱりまだ罪を理解していないのだ。


というわけで、中盤までは、
真保裕一の実直にして滑らかな語り口に乗せられつつも、やや苛立ちを感じる。
家族のことはともかく、本人については「しかし、お前人殺しだろ?」と、
作品の中の登場人物同様、疑問を差し挟みたくなる。


だが、理解のある保護司の気長な対応や、友人の言葉で、
次第に自らの〝犯した罪〟と〝法律上の償い〟の軽さを認識し、
さらに自らの〝恵まれた立場〟、本当の意味での償いを理解していく過程は、
読み応え十分で、思わずグッと引き込まれていく。
ここらへんはやはり、さすが真保裕一、とうなりたくなるほどのパワーだ。


もちろん、隆太がこれほど内省的で、思索的な人間であるのは、
リアリティに欠ける、という思いは、常につきまとう。
正直、軽はずみな犯罪を犯したとは思えないほど、
理解力はあるし、忍耐強いし、周囲に対する配慮だって持っている。
それこそ、隆太が償いを通じて、成長したから、という言い方もできるが、
最初の愚かな様子からすれば、やはり〝お話の世界〟だからこそ、の感は強い。
隆太を見守る保護司にしても、これだけ素晴らしい保護司がそういるとは思えない。
作品中にある通り「地元の名士気取り」の人物だって、ざらにいるだろう。
隆太自身が作品中で感じる通り、「恵まれすぎている」のである。


だから、この小説で得られる感動や、〝罪と罰〟議論については、
あくまでこの小説世界の中に限って有効、と前置きした上で、
この小説は面白く、読み応えのある傑作だ、と言いたい。
この小説の意味を、一般的な犯罪についての議論には持ち込みたくない。
読み終わっても、やっぱり思うのである。
「殺された人間は決して、戻ってこない」。
もちろん、作品の焦点はあくまで中道隆太の贖罪と成長についてであり、
「犯罪者にも人権はあるんだ」とのたまう、
人権派弁護士の戯れ言とは一線を画すとわかっていても、すっきりはしないのである。

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