東野圭吾「レイクサイド (文春文庫)」

mike-cat2006-03-07



アートディレクターの並木俊介は、気の乗らない旅行に出かけようとしていた。
中学受験を控えた息子が参加する、避暑地での勉強合宿。
過酷な受験勉強を強いる妻、そしてその友人たちの姿に違和感を覚えつつ、
たどり着いた避暑地の別荘には、何と会社の不倫相手が顔を見せる。
そして起こった殺人事件。妻たちは、何か秘密を共有しているかのように振る舞う。
並木の決断は、そして真相は−。


いきなりネタバレになるが、
ミステリーの仕立てとしては、特別「あっ!!!」ということもない。
まあ、こんなものだろうな、という感じは否めない。
もちろん、東野圭吾だから、その描写はどこも滑らかだし、
並木を中心としたほぼ3人称の語り口で、うまいことはぐらかされる手口もなるほど巧い。
「ああ、ここらへんからこうなっているわけね…」なんて、
ふむふむいいながら読める、上質のエンタテイメントに仕上がっている。


だが、それ以上にこの小説は、
事件の真相をどう受け入れるのか、の部分に焦点が当てられたドラマでもある。
ここにその中身は書かないが、
正直、その真相をどう受け止め、どう対処していくのか、
それこそ答えの出ないミステリー以上のミステリー、という感じである。
東野圭吾が描いたラストが、
並木たちの人生にとって正解であるのか、不正解であるのか、誰にもわからないはずだ。
そんな苦い結末も含め、読み応えは十分の作品だと言える。


物語の中心には、受験、というテーマが掲げられる。
誰もが頭を悩ませる、これという正解のない問題でもある。
私立中学受験をめぐる、会話を抜き出してみる。
「過酷な受験勉強をさせてまで〜」
「親が勝手に進路を決めてしまうのは〜」
「十一、二歳の子が、将来のことを考えて私立中学に進みたい、
 なんてことを自分から言い出すと思いますか〜」
「小さい頃に、そういう受験地獄みたいなところに放り込むというのは〜」
元々社会というのは、競争原理の上に成り立っているんじゃないでしょうか〜」


どれもこれも正しくもあるのだが、正しくもない、という意見ばかり。
誰にでも普遍的な正解、というのはやはりない。
その子その子にとってどうであるのか、が大事であっても、
じゃあ、その子にとって何が正しいのか、それがわからないから、誰もが悩む。
もちろん、しなくていいならしないに越したことはないはずだ。
子どもの頃からギュウギュウ詰め込んで、追い込んで、
それでも、すり減らない人間なんてそういないだろう。
でも、すり減らない人間もいるし、
すり減っても〝社会の負け犬〟になるよりは…、という人もいるはずだ。


なんてこれを書き出すと、中国の科挙に始まる、階級の再生産など、
社会の成り立ちから語っていかなければいけないので、この辺にするが、
まあそういった複雑なテーマを、うまいこと物語に取り込んでいるのだ。
だから、その展開展開に、そのテーマが絡んで、作品に多層的な味わいをもたらす。


スッと読める割に、読み終わると案外感慨深い、悩み深い作品だ。
さすが、東野圭吾、という感じだろうか。
映画化までされた作品をつかまえて、いまさらほめあげるのも何なのだが…

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