作・久住昌之、画・谷口ジロー「散歩もの」

mike-cat2006-02-28



あの名作「孤独のグルメ」のコンビによる、通販生活連載作品。
一時期漫画アクションを読んでいた頃、久住昌之の「ダンドリ君」とか好きだったし、
老齢の犬の死にざまを克明に記した谷口ジローの「犬を飼う (Big comics special)」も忘れられない傑作。
谷口ジローといえば、幼いころ妻子を残して蒸発した父の姿を追うタイムトラベルものの傑作、
遥かな町へ (ビッグコミックススペシャル)」も忘れられない味わいだったな、などと思い起こしながら読む。


今回のテーマは、散歩、である。
文房具店の企画開発担当の〝おれ〟が、武蔵野・吉祥寺を中心に品川、目白などを散歩する。
久住昌之は、この連載開始に当たってルールを決めたそうである。

  • 1.「観光ガイド」や「町歩きマニュアル」など、本やインターネットを調べて出かけない
  • 2.事前に地図は見ても、歩き始めたら、その時その時の面白そうな方へ、積極的に横道にそれる。
  • 3.時間を限らず、ひとりでのんびりだらだら歩く。

第2章の「品川の雪駄」で〝おれ〟が提唱する「散歩の定義」がいい。
〝テレビや雑誌で観た場所へ出かけていく散歩は散歩ではない〟
理想的なのは「のんきな迷子」というのが、この本が提唱する〝散歩の醍醐味〟である。
そんな散歩の中で、予期せぬことに出会う瞬間にこそ、贅沢な喜びがあるのだ。


その散歩のエリアがまた、たまらないのである。
東京に住んでいた時分には、新宿から大久保、東中野コースや、
池袋から目白、落合、もしくは六本木、渋谷から新宿はバリバリの散歩エリアだった。
そして吉祥寺、中野あたりに住んでいたこともあるので、どこも馴染みの場所ばかり。
どうにも自分の体験と重ね合わせながら、しみじみ読んでしまったのだ。


第1話の「エジソン電球」では、
自転車を盗まれた〝おれ〟が、街を歩く中で、小さな発見をしていく。
いまの住居に越した際の10年前、不動産屋に連れられ、見学した物件に出くわす。
これ、自分でも覚えがある出来事だが、
「もし、ここで暮らしていたら…」を考え始めると、なかなか興味深い。
周辺地域の環境で、生活の細々したことは、かなり変化していく。
この〝おれ〟が思いを馳せる、「もし…」にも、いちいち頷いてしまうのである。


「品川の雪駄」では、縦に進化する品川を批判げに眺める〝おれ〟が、
旧東海道の面影を残す北品川商店街に遭遇する。
「昔の品川は現役でぇ!」と江戸っ子よろしくひとりごちる〝おれ〟。
だが、最後にちょっと切ない光景に出会う。
このペーソス、いかにもこの久住、谷口コンビの醸し出す味わいである。


井の頭公園を舞台にした「古絵本」では、
古絵本屋で見かけた世界文化社の「しあわせな王子」を手に、しあわせについて再考する。
幼稚園ぐらいの頃、マンガと図鑑ばっかり読んでいて、
ごく幼いころをのぞいてはろくに絵本とか読んでいない僕としては、
微妙な話題ではあるのだが、それでもやっぱり、感慨深さは伝わってくる。


吉祥寺駅前の「ハーモニカ横丁」では、
「時代に呑み込まれまいと必死で肩を寄せ合ってるみたいだ」と感慨を覚える。
吉祥寺界隈にも住んでいたことがある僕にとっては、
正直、ここの横丁をどう評価するか、難しい部分もあるのだが、
単純に、時代に取り残されたというだけではない、
したたかさなんかも感じられる、不思議な界隈でもあるような気がする。


「目白のかき餅」では、
外国からのお客さんをフォーシーズンズ椿山荘に送った〝おれ〟が、
その後、音羽目白台あたりをふらつくお話。
これまた、通っていた学校の近くということもあって、僕にはグッとくるお話。


川上宗薫のポルノ小説で、日本語を勉強した、というお客さんが語るエピソードが泣ける。
だが、題材はポルノではない。
川上宗薫が死の直前に綴ったガンの闘病記「死にたくない!」の話だ。
「彼ハ死ヲ前ニシテ タダヒトツシタイコト 散歩ダッタ」
「彼ガ思イ描ク生キル姿トイウノハ 体ノドコモ痛クナクテ
 家ノ近所ヲ 奥サント散歩スル図ダッタ
 ソノ散歩サエデキレバ モウソレ以上ノ 望ミハナカッタ
 彼ハトッテモ散歩ガシタカッタ」
「ワタシハソレヲニューオーリンズデ読ンデ泣キマシタ」と、
訥々と内容を紹介していくのだが、これがまたなんとも泣ける。


日溜まりの中、何となく散歩できることの有り難さ…
実際に体が動かなくなってからしか、なかなか実感できない有り難みでもある。
こんなことばかり考えて散歩するのもイヤだが、
時には感謝も覚えつつ、散歩してみるのもいいのかもしれない。


あとがきでは、中野ブロードウェイから薬師銀座(西武新宿線新井薬師周辺)、
哲学堂公園といったあたりの散歩が、エッセイふうに語られる。
ブロードウェイの屋上には「直線で100メートルを越える芝生庭園がある」、
との噂の真相に迫ってみたりもしていて、これもまた面白い。
元近隣住民でなくても、けっこう楽しめるんじゃないかと思うのだが、どうなんだろう。


何はともあれ、「孤独のグルメ」ファンなら、間違いなく必見の一冊。
未読なら「孤独のグルメ」と併せてお読みになることをお勧めしたいな、と。
独特のペーソスあふれる余韻に包まれながら、思うのだった。

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