梅田ナビオTOHOプレックスで「クラッシュ」

mike-cat2006-03-02



ミリオンダラー・ベイビー」の脚色でアカデミー賞に輝いた、
ポール・ハギス自らの脚本による第一回監督作品。
この「クラッシュ」の題名を聞くと、
どうしてもクローネンバーグの変態映画(傑作だが)を思い出すが、全然関係ない。
発表直前のアカデミー賞(日本時間3月6日)は、
マット・ディロン助演男優賞を含む作品、脚本など6部門でノミネートを受けた。
とりあえず、発表前に滑り込みで観ることができてよかった…


クリスマスを直前に控えたロサンゼルス。
ひとつの交通事故をきっかけに、かすかにそして複雑に絡み合う人と人…
人種差別者でありながら、任務には忠実な警官ライアン=マット・ディロン=(「シングルス」)、
ライアンの姿勢に疑問を覚える相棒ハンセン=ライアン・フィリップ(「54」)、
自動車泥棒の弟に悩む刑事=ドン・チードル(「ホテル・ルワンダ」)、
メキシコ人に間違われるプエルトリコ系刑事=ジェニファー・エスポジート(「サウンド・オブ・サイレンス」)、
「英語をしゃべれ、オサマ!」と嘲られるペルシャ系商店主=ショーン・トーブ、
黒人TVディレクターとして活躍するキャメロン=テレンス・ハワード(「Ray/レイ」)、
白人からしか盗まない、こだわりの自動車泥棒“ルダクリス”(「ワイルド・スピード×2」)、
その美しい妻、クリスティン=タンディ・ニュートン(「ミッション・インポッシブル2」)、
人種問題を操る野心にあふれる地方検事=ブレンダ・フレイザー(「ハムナプトラ」)、
常に何かに苛立つ検事の妻ジーン=サンドラ・ブロック「スピード」「あなたが寝てる間に…」)、
人種差別と憎しみ、そして愛、理不尽に苦しみ、矛盾を抱えた人々を描いた群像劇。


焦点となるのは、人種差別の問題だ。
従来の白人−黒人(アフリカ系、だが映画に合わせる)だけの、単純な図式ではない。
いわゆる逆差別、というのに苦しむ白人層も描かれるし、
黒人のコミュニティ内における格差も描かれる。
そして、メキシコだろうが、プエルトリコだろうが、十把ひとからげにされがちな、いわゆるラテン系や、
日中韓どころか、タイ、ベトナムまでごっちゃにされるアジア系、
ペルシャ人とアラブ人も区別されない(いや、僕も正直わからないが…)中東系の人々…
それぞれが社会の矛盾に苦しみ、理不尽な境遇に悩み続ける。


だが、被差別層を、単純な被害者で終わらせないところが、この映画のカギでもある。
たとえば、アラブ人呼ばわりされるイラン系商店主は、そのまんまエゴの塊のような人物だし、
黒人ディレクターのキャメロンには、どこか白人的な優越感が漂う。
黒人のグラハム刑事が、同僚に対して平気で「メキシコもプエルトリコも同じ」みたいなことをのたまう。
そこには、きれいごとだけでは片付かない、根の深い人種対立が感じられるし、
悪気のない無知が生み出す、さまざまな摩擦が読み取れる。
まるで、本当にロサンゼルスの街中に迷い込んだような、錯覚すら感じてしまう。


助演男優賞ノミネートのマット・ディロン演じるライアン巡査長が抱える矛盾も興味深い。
父の仕事を奪った人種優遇措置を理由に、黒人層への憎しみをあらわにする。
平気で差別用語を口にするし、その嫌がらせに至っては、目を覆いたくなるレベル。
だが、病気の父をかいがいしく面倒を見る、そして職務に忠実な警官。
時には命の危険を顧みず、助ける相手が黒人であっても、体を張って市民のために尽くす。
こうした矛盾を抱えた人間、確かに存在するのである。
そして、誰もが矛盾と葛藤を抱えつつ、人生と折り合いをつけていく。
そのリアルな描写が、観る者のこころをグイッと捕まえて、離さないのである。


物語の軸となる、ドン・チードル演じるグラハム刑事も、味わい深い。
政治をも巻き込んだ、警察のスキャンダルを請け負う内務調査班。
犯罪者の弟の存在に悩まされ、警察内の立場も微妙な位置に立たされる。
真っすぐの正義にだけ走ってはいられない、こころの葛藤。
その一方で、愛する母からは、弟の処遇をめぐって罵倒される。
哀しい結末をつきつけられ、ラストで見せる表情がまた、たまらなく切ない。
出演場面こそ決して多くないが、この映画のクオリティを大きく押し上げる名演だ。  


実際の人種問題同様、明快な答えは映画の中では示されない。
やるせない思いばかりが募る、消化不良な感覚。
だが、その何とも言えない、やりきれない部分が、この映画の味でもある。
それが現実だし、その中から何かを見つけていかなければ、生きていけない。
映画の中で示される、かすかな救い。
それはもしかしたらまやかしなのかも知れないが、それもまた人生なのだな、と。
何だかうまく説明できないけど、グググと染み込んでくる映画なのだ。


アカデミー賞の結果は、あまり芳しくないかも知れない。
だけど、この映画はいい。賞とかなんか関係なく、こころの残る映画。
サンドラ・ブロックの印象がやや希薄なのは、ファンとして残念だったりもするが、
それでもほかの豪華キャストの面々の好演を見れば、あくまでささいな問題だ。
何はともあれ、アカデミー賞の発表も楽しみ。(最初と矛盾してるな…)
マット・ディロンのオスカーというのも、けっこう面白いかも、と思いながら劇場を後にしたのだった。