エドワード・ドルニック「ムンクを追え! 『叫び』奪還に賭けたロンドン警視庁美術特捜班の100日」

mike-cat2006-02-18



原題は?THE RESCUE ARTIST?
夢中で読み終えたと思ったら、19日付の日経書評で取り上げられてた。
?ダ・ヴィンチゴッホムンク− 名画はなぜ盗まれるのか?
巨財な犯罪市場を形成する美術品盗難の世界を、
ロンドン警視庁の囮警察官の視点から暴いたノンフィクションだ。
表紙にはあの有名なムンク「叫び」
1994年2月、リレハンメル五輪開幕の日に起こった、
ムンク「叫び」盗難事件が、本の大きな縦軸となる。


主役は、ロンドン警視庁美術特捜班の囮捜査官、チャーリー・ヒル
過去20年間でフェルメールゴヤらの総額1億ドル以上の名画を回収した凄腕だ。
現在は警察を退き、フリーの調査官として活動しているという。
米国軍人を父に持ち、ベトナム戦争では志願兵として従軍、空挺部隊で活躍。
帰還後はアイルランド・ダブリンでの大学進学、
北アイルランドベルファストで教師、ロンドンで神学生を経た、
という異色中の異色の捜査官だったりする。
性格は一匹狼で、役人と権威が大嫌い。
英米カナダのイントネーションを巧みに操り、カメレオンのように別人を装う。
その姿は、まるで「ビバリーヒルズ・コップ」のエディ・マーフィーから、
?お笑い?を抜いたような口八丁手八丁の、捜査官だという。


もうこの捜査官のキャラクターだけで小説が一本書けそうな感じだが、
取り上げる題材がまた、たまらない。
あの「叫び」を始めとした、名画の数々をめぐる虚々実々のやりとり。
絵画盗難犯というと、スティーヴ・マックイーンの「華麗なる賭け」みたいな
ピアース・ブロスナン主演で「トーマス・クラウン・アフェア」としてリメイク)
そのまんま華麗な世界、のイメージだが、意外とそんなことはないらしい。
盗む方はあまりに短絡的、盗まれる方はあまりに無防備。
読んでいて、ちょっと信じられないレベルのお話が展開する。


盗めるから盗む側と、まさか盗まれると思っていない側。
どちらもあまりにも意識が低い。
インターポール(国際刑事警察機構)の推定によると、
美術品の闇取引の金額は、年間40億から60億ドルにも及ぶという。
国際的な違法取引の中では、麻薬、武器に次ぐ堂々の3位。
この本を読んでみると、なるほど、という感じだ。


作品の冒頭で紹介される、ムンク「叫び」盗難の手口が、いきなりすごい。
二階の窓にはしごを立てかけ、窓を叩き割り、「叫び」をつかんですたこらさ、だ。
犯人がはしごから1回転げ落ちてみたり、絵をはしごに滑らせて落としたり…
もう、コメディ映画にしたとしても、脚本の段階でダメ出しされそうな手口である。
しかし、時価総額86億円の名画は、あっさりと盗まれる。
警備員は書類仕事に夢中、警報が鳴っても誤作動と決めつけ、ろくにモニターも見ない。
警備システムが杜撰なだけでなく、保険もろくにかけないというお粗末ぶりだという。
そのほかにも紹介されるレンブラントガリラヤ海の嵐」、
フェルメール「手紙を書く女と召使い」、
ゴヤウェリントン侯爵の肖像」などが盗まれる手口も、似たり寄ったりのあっけない犯行だ。
美術品盗難のリアルな姿は、文字通り「真実は小説より奇なり」なのである。


美術品のウンチクや、かつての事件を振り返る場面描写がふんだんに挿入され、
「叫び」盗難事件のくだりが、なかなか進まないのには、けっこう焦らされる。
だが、チャーリー・ヒルがようやく「叫び」をその手に取り戻した時の、その安堵感。
そして、たったひとりで味わう至福の瞬間には、深い感慨を覚えてしまうのだ。


何はともあれ、抜群におもしろいノンフィクション。
美術には門外漢、という読者も心配することはない。
だいたいが僕だって知識はほとんどない。
だが、ムンクフェルメールらの名画のウンチクもたっぷりと盛り込まれているので、
たとえ美術ファンでなくても、楽しめる一冊に仕上がっているのだ。
悪趣味だが、警備体制のチェックも含めてどこか美術館に行きたくなる。
(いや、もちろん実行には移さないが…)
まあそんなわけで、ありとあらゆる意味で興味深い一冊なのだった。

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