東野圭吾「ゲームの名は誘拐 (光文社文庫)」

mike-cat2006-02-13



きょうで宮崎出張最終日。
空港でレンタカー返却する前に、ちょびっと青島へ足を伸ばす。
しかし、とりあえず車窓から眺めるだけで終了。
だって、駐車場もろくにないし、青島まで歩いていくのもめんどくさいし…
というわけで(どこが、というわけなのか知らないが)、本は東野圭吾だ。
真保裕一の「誘拐の果実」に続いて、読んでみる。


〝おれ〟の名前は佐久間駿介、やり手の広告プランナー。
日星自動車のために立ち上げた大型プロジェクトが、
日星自動車会長の息子で副社長の葛城勝俊の鶴の一声でポシャってしまった。
腹立ちまぎれに葛城のお屋敷に出向いた〝おれ〟は、
妾腹の娘、樹里が偶然家出する場面に出くわす。
家族への反感、恨みをあらわにする樹里と〝おれ〟は、
成り行き任せながら、高額の身代金目当てに狂言誘拐を仕組む−。


「ゲームの名は〜」のタイトルが示す通り、
誘拐というゲームをめぐり、佐久間に樹里、そして葛城がせめぎ合う。
誘拐がゲームだなんて何を不謹慎な、という部分もあるのだが、
誘拐に関わるどちらの人間も、人生をゲームと言い切る、不遜な連中だったりする。
進行中の大型プロジェクトを踏みにじる葛城は会議でこう言い放つ。
「我々のすべきことは、あくまでも商売という名のゲームです。
 〜
 私はゲームには些か自信があります。
 その私がゲームプランを練り直す必要があると判断した−そういうことです」


で、負けずに〝おれ〟佐久間もこううそぶく。
〝要するにおれが女たちに求めているのは肉体ではなく、
 刺激的で高度なゲーム性なのだ。
 〜
 恋愛にかぎらず、おれはすべてにおいてそうだった。
 ゲームに見立て、それを克服することに喜びを感じてきた。
 〜
 これまでの人生において、ゲームに負けたことなど殆どなかった。〟
つまり、こういう不遜な連中同士で、騙し合い、化かし合いが繰り広げられるわけだ。


甘やかされて育ち、世間知らずな樹里が足を引っ張るが、
佐久間は慎重にして大胆な計画で、葛城への恨みを晴らす。
その、まさにゲーム感覚の誘拐ドラマは、軽妙な遊びそのものだ。
細かい伏線も含めた油断ならない展開で、最後まで読者をグイグイと引っ張る。
深遠なテーマをあえて避け、娯楽と技巧に徹した作品に仕上がっている。
いくつか組み合わさったトリックそのものは、
オリジナルではないかも知れないが、軽快に使われているおかげか、古びた印象はない。


作品を読み終えての満足感、と言う意味では、
真保裕一の「誘拐の果実」と、正反対の方向にあるかも知れない。
佐久間を始めとする登場人物の人間が薄っぺらいせいで、
どうしても感情移入することはできないのだが、その分軽く読み流せるのも魅力だ。
二者択一となれば、真保裕一に凱歌が上がるけど、これはこれで面白い。
まあ、文庫でよかった、という感じが否めないのも、確かなのだが…

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