絲山秋子「沖で待つ」

mike-cat2006-01-26



言わずと知れた、芥川賞受賞作だ。
なんばのジュンク堂書店カウンターで、掲載号の「文學界」9月号を発見。
2月下旬までガマンするのも何なので、すかさず買って読む。
まあ、本は本でまた買えばいいし、と自分を納得させつつ…


住宅設備機器メーカーに勤める〝私〟は、
転勤前の送別会を終えた後、ふと思い立って、五反田を訪れる。
行く先は、新人の時、一緒に福岡に配属された同期の太っちゃん。
机もベッドも、何もない太っちゃんの部屋には、
しゃっくりが止まらない、と情けない顔をした太っちゃんがいた。
太っちゃんは、三カ月前に死んでいたというのに…


ここから物語は、太っちゃんと過ごした福岡時代の回想に遡る。
男尊女卑の地、と憂鬱だった福岡の、あまりに意外な姿。
ドタバタ忙しくも楽しい会社での日々、そして太っちゃんとの思い出。
恋人でもない、友達ともちょっと違う、異性の同期という距離感が、
微妙にむずがゆくも、心地のいい人間関係を作り出している。


そんな2人の間で交わされていた協約があった。
それは、もし万が一、お互いのどちらかが死んだら、
相手のパソコンのハードディスクを使用不可能になるよう、工作する、という約束。
図らずもその約束を果たさなくてはならなくなった、〝私〟の悪戦苦闘も、
とてもPCをいじっているだけとは思えないような、豊かな情感を交えて描かれる。
そこまでして隠したかった秘密、というのもまた、やけに味わい深い。
情けない顔がお似合いの、いかにも太っちゃんらしい秘密だったりする。


そんな緩やかで、淡々としたペーソスに満ちた回想の果てに、
〝私〟と太っちゃんが交わす会話が、何とも切なく、愛おしい。
死んだ後、宙ぶらりんとなった太っちゃんに、〝私〟が訊ねる。
ちなみに、ヘンなとこに振ってある句読点は、しゃっくりだ。
「死んだ後って、どれくらい覚えてるの」
「なんかこう、あれよあれ」
「アレってアレかあ」
「よせ今俺まじめ、に話しようとしてる、のに」
「ごめん、言って言って」
「歯医者とか行ってさ、いつまでたって、も名前呼ばれないような感じだよ俺、
 ほんとに予約した? とか思、うだろ。でも仕方ないから、待合室にいつま、でもいる」


そして、別れの時が近づくような予感が漂う中、また〝私〟が訊ねる。
〝「覚えてる? 最初に福岡に行ったときのこと」
 「おう。覚えてるよ」
 それなら何も言い足すことはありませんでした。
 私たちの中には、あの日の福岡の同じ景色が、
 営業カバンを買いに行けと言われて行った天神コアの前で、
 不安を押し隠すことも出来ず黙って立ちつくしたイメージがずっとあって、
 それが私たちの減点で、そんなことは今後も、
 ほかの誰にもわかってもらえなくてもよかったのです。〟
先にも書いた通りの、異性の同期という絶妙の距離がもたらす、絶妙な味わいだ。
恋人なら悲嘆が勝ってしまうし、学生時代の友達ではこの共鳴は醸し出せない。
理不尽や不安、苦労をともにした同期だからこそ、の感覚だ。
もちろん、恋人なら恋人、友達なら友達、で、それぞれの物語はあるはずだ。
それはそれで、様々な味わい深さがあるはずだが、
この淡泊にして濃厚な、独特の風合いもまた、格別だったりする。


作品そのものがどうか、というと、
いかにも絲山秋子らしい、という気もするし、一風変わった感触も確かにある。
逃亡くそたわけ」には、福岡を舞台にしている、ということだけでなく、
それ以外でも共通点は多いような気がする。ただ、あくまで気がするだけ。
何が、と訊かれたら、うまく答えられない。
海の仙人」「袋小路の男」などと比べると、ずいぶん淡泊な作品だと思う。
かといって、話自体が薄い、ということはない。
よりおぼろげではあるが、確固たる〝何か〟は見え隠れしているような気がする。


最高傑作、ではないような気もする。
物語、という意味ではこれまでの傑作と比べるとちょっともの足りない。
だが、スーッと口の中で消えていくような、儚げな味わいのラストは、
過去の作品たちと比べても遜色のない、忘れられない余韻を残している気がする。
ただ、これまでの作品と並べたときに「これが芥川賞か」と考えると、微妙な感触もある。
最高傑作=受賞作、でないことは、当然なので、別に構わない気もするが、
まあ少しだけ引っかかる、という感じはなきにしもあらず、
とぐたぐた書き連ねる程度には、微妙な感触だ。別に文句があるわけではない。
あくまで比較の問題であり、相対評価でのことを書いているに過ぎない。


ちょっと混乱してきたが、少なくとも、これだけは断言できる。
絲山秋子ファンなら必読の一冊であることは間違いない。
とりあえず、もう一回、本が出たらすぐに読んでみたいな、と思う。
文學界の冊子で20数ページ、さぞかし薄い本になるだろうが…)
それでも、行間をたっぷりととった装丁で読んでみれば、
また新たな感慨が起こるかもしれない。適当に考えただけだから、実際はわからないけど。
何はともあれ、これで大傑作「海の仙人」「袋小路の男」が、
もっともっと見直され、読まれることを祈りたい。
文学賞の最大の効用って、そういうところにこそあると思うから…