ジェイムズ・カルロス・ブレイク「無頼の掟 (文春文庫)」

mike-cat2006-01-25



このミステリーがすごい!」の海外編堂々の第3位。
出先で読む本がなくなった時に…、と温存していたのだが、
出張で出かけた広島で手持ちがなくなり、広島駅にて購入する。
「本は見たら買え!」をモットーにしているが、
時には買わないでおくことも大事なのだな、としみじみ…
というほどおおげさなことでもないので、本題に入ることにする。


〝おれ〟ソニー・ラサルは18歳。
故郷ルイジアナで、双子の2人の叔父とともに強盗で生計を立てている。
完璧な計画のはずだった銀行強盗でドジった上、
留置場で思わぬ殺人事件を犯し、アンゴラ刑務所で30年の服役となる。
地獄のような刑務所での日々…。
だが、本当の恐怖が違う場所から忍び寄っていたのだった。


いわゆるピカレスク小説だ。
ソニーは高校でも成績優秀にしてボクシングの名手、
大学への奨学金ももらえる立場だが、あえて強盗に〝身を落とす〟。
理由? そんなものはただひとつ。双子の叔父の言葉だ。
「金は稼ぐより勝ち取るほうが気分がいい」
「だが、とにかく盗む−なかでも、強奪する−のが最高さ」
そういう連中の、悪どくも儚く、強烈な人生模様だ。
オビには〝ことしもっともクールなラスト・シーン〟とある。
これには異論もややあるのだが、
なるほど、最後まで暴走を続けるような、独特な爽快感にあふれた物語だ。


やってることは強盗だし、平気で人を殺すような連中の話だ。
出てくる奴らは、率直にいってクズばっかりだし、少しマシでもバカが関の山。
そして物語は、刑務所のシーンを始め、想像するだけでも痛くなりそうな描写で溢れている。
ソニーを追い立てる老保安官の残虐非道な取り調べは、スプラッター映画顔負けだ。
だが、そんな陰惨で乱暴な物語を彩るダークなユーモアがたまらなくいい。
双子の叔父から、次々と繰り出されるジョークの数々だ。


たとえば、医者を訪れた女の話。
〝彼女は医者に、突然耳が聞こえなくなったと言った。医者は診察した。
 「ふむ、悪いところがわかりましたぞ。あなたの耳には坐薬が入っている」
 そこで彼女は言った。
 「まあ、なんてこと… わたしの補聴器がどうなったか、今やっとわかったわ」〟
こんな感じのジョークが、ありとあらゆる場面で挿入される。
確かに単なる下世話なジョークではあるのだが、
このセンスこそが、このどうしようもない悪党どもに、不思議な魅力を与える。


そのセンスは、他人事へのジョークだけにとどまらない。
ダークなユーモアは、自らに対しても向けられる。
叔父のひとりバックが、浮気相手と遁走した妻ジーナと乱闘する場面だ。
スキを突かれ、肋骨の間にステーキナイフを突き立てられる。
そしてさらにナイフを持ちかえ、腿を刺し、さらに上に振り上げて両脚の間に…
とんでもない状況なのだが、その表現は思わず笑いを誘う。
「その痛さときたら、それまで痛いと思っていたことのすべてが吹っ飛んだらしい」


ひとことでいえば、雰囲気のある小説というところだろうか。
悪党がもっとも悪党らしかった時代の、その空気。
(もっとも、その時代が本当にそうだったか、は知らないが…)
それを余すことなく伝えているような、そんな小説だ。
いわゆるパルプ・フィクション(映画の方ではなく)そのままの世界。
スティーヴン・ハンターの「ダーティホワイトボーイズ (扶桑社ミステリー)」ほどの疾走感はないが、
とにかく一気に読ませる一冊ではある。
問題はラスト。
確かにあれはあれで爽快感も感じるのだが、一方で唐突な印象も強い。
せめてもう10数ページくらいは割いてもよかったんじゃないかな、と。
そこまでが面白かっただけに、何か複雑な想いが残るのだった。


Amazon.co.jp無頼の掟