ロバート・ゴダード「最期の喝采 (講談社文庫)」

mike-cat2006-01-19



けっこうひさしぶりのゴダード作品となる。
前作「悠久の窓」は、長らくわが家の積ん読本となっている状態だ。
思い起こせば、翻訳権が講談社に移ったぐらいから、
ゴダード作品はどうにも読むのが怠くなってきた気がする。
デビュー作「千尋の闇〈上〉 (創元推理文庫)」「千尋の闇〈下〉 (創元推理文庫)」の頃は、
重厚さとキレを兼ね備え、長さをまったく感じさせなかったが、
近年の作品はやたらと話をひねくり回すばかりで、読んでいて苦痛を感じていた。
ゴダード作品をこちらが読み飽きた、という部分かもしれないが、
新作、と聞いても、以前ほど気持ちがわき立たなくなっていたのは確かだ。


ゴダードといえば歴史ミステリが有名だが、今作は現代物。
系統としては「蒼穹のかなたへ〈上〉 (文春文庫)」「蒼穹のかなたへ〈下〉 (文春文庫)」に近い。
幾重にも張りめぐらされた陰謀、というゴダード一流の手法こそ変わらないが、
舞台となる時代があっちこっちと前後しないだけでも、ずいぶんすっきりした印象となる。
あの複雑に絡み合う人間ドラマは、よく書けた作品だと、
その物語の魅力を倍増させるのだが、ひとつ間違うと物語に破綻をきたす危険がある。
「結局、何なんだよ…」みたいな読後感を味わったことは一度、二度ではない。
ただこの作品は、そう悪くない。
めまぐるしく展開するラスト近くにはちょっと…な部分もあるし、
過去の傑作群には遠く及ばないが、ここ数年で読んだ中では、掘り出し物といえそうだ。


俳優のトビー・フラッドは、不評の舞台「気にくわない下宿人」に出演中。
巡業で訪れたのは、離婚協議中の妻、ジェニーが、
近く再婚予定のロジャーと住む土地にほど近いブライトンだった。
「ある男につきまとわれているの」というジェニーの相談を受けたトビーは、
復縁のきっかけになれば、との期待を胸に、問題解決に乗り出す。
しかしそれは、巧妙に張りめぐらされたワナへの、第一歩だった…。


ゴダードの小説の持ち味のひとつに、
陰謀に振り回される主人公の悪戦苦闘ぶり、というのがある。
この作品のトビーは、小気味よく、といっていいほど、
怪しい男やジェニーの婚約者たちに、いいように振り回される。
どこまでが嘘で、どこまでが真実か。
誰が本当の味方で、誰が本当は敵なのか。
疑心暗鬼に駆られつつ、迷走を続ける中で、驚くべき真実に遭遇する。
何かヘンだよな、と思いつつ、状況に巻き込まれざるを得ないあたりも、
まさにゴダード作品の王道を行く主人公でもある。


決まった時間に必ず舞台に立たなければいけない(はずの)俳優、という設定も面白い。
舞台は空けられないし、困った事態には対処しなければいけない。
その時間的・物理的制約が、ドラマの緊迫感を引き立たせていると思う。
困難に巻き込まれていく中で、トビー自身の演技に変化が表れるなど、
舞台そのものが大きく変わっていくあたりも、興味深い作りになっている。
ゴダードにしてはやや甘めの結末も、この作品の流れから行くと納得もいく。
いつもの苦み走った余韻もいいのだが、こういうのも捨てがたいな、という感じだ。


ただ、この本を書店で見かけて興味を覚えた方には、もっとお勧めの作品がたくさんある。
ざっと挙げるならこの6作品、というところ。
中でも「千尋の闇」は、まさに傑作だ。
千尋の闇〈上〉 (創元推理文庫)」「千尋の闇〈下〉 (創元推理文庫)
リオノーラの肖像 (文春文庫)
闇に浮かぶ絵〈上〉 (文春文庫)」「闇に浮かぶ絵〈下〉 (文春文庫)
さよならは言わないで〈上〉 (扶桑社ミステリー)」「さよならは言わないで〈下〉 (扶桑社ミステリー)
惜別の賦 (創元推理文庫)
永遠(とわ)に去りぬ (創元推理文庫)
これらを全部読んで、それでもまだゴダードが読みたい、と思ったら、
「最期の喝采」も悪くないかな、なんて、余計なお節介を考えてしまうのだった。