ロバート・ゴダード「最期の喝采 (講談社文庫)」
けっこうひさしぶりのゴダード作品となる。
前作「悠久の窓」は、長らくわが家の積ん読本となっている状態だ。
思い起こせば、翻訳権が講談社に移ったぐらいから、
ゴダード作品はどうにも読むのが怠くなってきた気がする。
デビュー作「千尋の闇〈上〉 (創元推理文庫)」「千尋の闇〈下〉 (創元推理文庫)」の頃は、
重厚さとキレを兼ね備え、長さをまったく感じさせなかったが、
近年の作品はやたらと話をひねくり回すばかりで、読んでいて苦痛を感じていた。
ゴダード作品をこちらが読み飽きた、という部分かもしれないが、
新作、と聞いても、以前ほど気持ちがわき立たなくなっていたのは確かだ。
ゴダードといえば歴史ミステリが有名だが、今作は現代物。
系統としては「蒼穹のかなたへ〈上〉 (文春文庫)」「蒼穹のかなたへ〈下〉 (文春文庫)」に近い。
幾重にも張りめぐらされた陰謀、というゴダード一流の手法こそ変わらないが、
舞台となる時代があっちこっちと前後しないだけでも、ずいぶんすっきりした印象となる。
あの複雑に絡み合う人間ドラマは、よく書けた作品だと、
その物語の魅力を倍増させるのだが、ひとつ間違うと物語に破綻をきたす危険がある。
「結局、何なんだよ…」みたいな読後感を味わったことは一度、二度ではない。
ただこの作品は、そう悪くない。
めまぐるしく展開するラスト近くにはちょっと…な部分もあるし、
過去の傑作群には遠く及ばないが、ここ数年で読んだ中では、掘り出し物といえそうだ。
俳優のトビー・フラッドは、不評の舞台「気にくわない下宿人」に出演中。
巡業で訪れたのは、離婚協議中の妻、ジェニーが、
近く再婚予定のロジャーと住む土地にほど近いブライトンだった。
「ある男につきまとわれているの」というジェニーの相談を受けたトビーは、
復縁のきっかけになれば、との期待を胸に、問題解決に乗り出す。
しかしそれは、巧妙に張りめぐらされたワナへの、第一歩だった…。
ゴダードの小説の持ち味のひとつに、
陰謀に振り回される主人公の悪戦苦闘ぶり、というのがある。
この作品のトビーは、小気味よく、といっていいほど、
怪しい男やジェニーの婚約者たちに、いいように振り回される。
どこまでが嘘で、どこまでが真実か。
誰が本当の味方で、誰が本当は敵なのか。
疑心暗鬼に駆られつつ、迷走を続ける中で、驚くべき真実に遭遇する。
何かヘンだよな、と思いつつ、状況に巻き込まれざるを得ないあたりも、
まさにゴダード作品の王道を行く主人公でもある。
決まった時間に必ず舞台に立たなければいけない(はずの)俳優、という設定も面白い。
舞台は空けられないし、困った事態には対処しなければいけない。
その時間的・物理的制約が、ドラマの緊迫感を引き立たせていると思う。
困難に巻き込まれていく中で、トビー自身の演技に変化が表れるなど、
舞台そのものが大きく変わっていくあたりも、興味深い作りになっている。
ゴダードにしてはやや甘めの結末も、この作品の流れから行くと納得もいく。
いつもの苦み走った余韻もいいのだが、こういうのも捨てがたいな、という感じだ。
ただ、この本を書店で見かけて興味を覚えた方には、もっとお勧めの作品がたくさんある。
ざっと挙げるならこの6作品、というところ。
中でも「千尋の闇」は、まさに傑作だ。
「千尋の闇〈上〉 (創元推理文庫)」「千尋の闇〈下〉 (創元推理文庫)」
「リオノーラの肖像 (文春文庫)」
「闇に浮かぶ絵〈上〉 (文春文庫)」「闇に浮かぶ絵〈下〉 (文春文庫)」
「さよならは言わないで〈上〉 (扶桑社ミステリー)」「さよならは言わないで〈下〉 (扶桑社ミステリー)」
「惜別の賦 (創元推理文庫)」
「永遠(とわ)に去りぬ (創元推理文庫)」
これらを全部読んで、それでもまだゴダードが読みたい、と思ったら、
「最期の喝采」も悪くないかな、なんて、余計なお節介を考えてしまうのだった。