P・G・ウッドハウス「エムズワース卿の受難録 (P・G・ウッドハウス選集 2)」

mike-cat2006-01-03



ジーヴズの事件簿 (P・G・ウッドハウス選集 1)」に続く第2弾。
天才執事ジーブズ&粗忽な若主人ウースターも、そうとうのどかだったが、
それに輪をかけて、この「エムズワース卿〜」はのどかな物語だ。
ブタちゃんと蝶々のイラストがかかったオビには〝春風駘蕩〟とある。
その意は〝春風がのどかに吹くさま。「―たる穏やかな日和」〟。
なるほど、まさにそのまんまの物語が、まことにのんびりと展開する。
正月に読むには最適、かもしれない一冊だ。


主人公は田舎のお屋敷ブランディングズ城に暮らすエムズワース伯爵。
そのお人がらは、といえば、オビのこの一文でだいたい想像がつく。
〝豚ちゃんや。わしはおまえとカボチャと美しき庭が安泰ならばいいのじゃ。
 なのに起きるのは騒動ばかり。どうしたらいいのかのう。〟
騒動を巻き起こすのは、ダメ息子だったり、やたら強気の妹だったり、
職人肌のスコットランド人庭師だったり、とまあそこらへん。
巻き起こる騒動そのものも、愛する豚ちゃんのことだったり、
コンテストに出すカボチャのことだったり、とまことに天下泰平そのものだ。
その〝瑣末な〟事件に思い悩むエムズワース卿の姿には、
爆笑こそ誘われることはないが、思わずクスリとやってしまう。


ジーブズの事件簿」のジーブズに相当する、デキる執事ビーチも登場するが、
あちらの方で見せるような大活躍、というのは特にない。
「エムズワース卿〜」はあくまで、
困惑しつつも事態に立ち向かう卿のユーモラスな姿がメインの具材だ。
その立ち向かい方もまあ、いわゆるヘナチョコそのもの。
結果オーライのドタバタぶりに、その味わいがあったりする。
もちろん、気立てが優しいだけの無能な領主が、
優雅に暮らす様に対し、階級闘争的な視点を覚えてしまうと、
このテの小説の全否定につながってしまうので、まあ、それは置いておく。


エムズワース卿が登場する短編は9編。
あとは、その不肖の息子フレディの活躍を描いた中編「フレディの航海日記」と、
卿の祖先に当たるフレッド叔父さんが登場する短編「天翔けるフレッド叔父さん」、
あとは特別付録でA・B・コックス(アントニイ・バークリー)のコラムがつく構成。
どれもほのぼの笑える作品ばかりなのだが、中でも僕のお気に入りは
ブランディングズ城を襲う無法の嵐」〝The Crime Wave at Blandings〟だ。


〝スリラー小説の読者はせっかちである〟と、
パロディめいた書き回しで始まるこの一編は、
卿の孫ジョージの悪戯がきっかけで、のどかなお城に〝犯罪の嵐〟が吹き荒れるのだ。
といっても、もちろんこののどかなお城の中にしては、なのだが…
愛読書でもある「豚の飼育」の、残飯とふすまの混合物に関する至高の名文に浸る
卿の平安が突如、〝おそろしい事件〟によって奪われていく。
(もちろん、普通には全然恐ろしくないのだが…)
そして、その後のドタバタぶりが、何とも言えない笑いを醸し出すのだ。


登場人物たちのあまりの脱力ぶりもあって、
一冊読むのにかえって時間がかかるのが困るのだが、
いざ読み終わってしまうと、何となくまた続きが読みたくなる。
ちょっとクセになる感じが、どうにもたまらない短編集。
近日刊行の第3巻「マリナー氏の冒険記」だけでなく、
国書刊行会の〝ジーブス〟ものにも手を出してみようかな、と思う今日この頃なのだった。