町山智浩「〈映画の見方〉がわかる本80年代アメリカ映画カルトムービー篇 ブレードランナーの未来世紀 (映画秘宝コレクション)」

mike-cat2005-12-28



映画の見方がわかる本―『2001年宇宙の旅』から『未知との遭遇』まで (映画秘宝COLLECTION)」に続く第二弾。
映画秘宝」の好評連載「Yesterday Oncemore」
を大幅に加筆修正した、文字通り〝映画の見方が分かる本〟である。
名だたる傑作、名作、問題作の時代背景や、
監督・俳優らの人物的背景などにスポットを当て、
サブテキストとして解説するとともに、映画そのものを追体験させる。


前作で取り上げられたのは
2001年宇宙の旅」に「地獄の黙示録」「猿の惑星」「ロッキー」
時計じかけのオレンジ」「タクシードライバー」「イージー・ライダー」などなど。
60年代終盤から、70年代の終盤まで。
いわゆる、アメリカの価値観が揺らいだ時代の映画でもある。
そして、スタジオ主導ではなく、映画作家主導で映画が作られた時代。
いずれの映画にも、パッと観ただけでは分からない、
アメリカ社会の抱える矛盾であったり、パラダイムの変化、
宗教や、数々の古典、そして美術作品からの引用などが潜んでいる。
そしてこの本は、スクリーンの裏側に潜む、様々な要素をわかりやすく解説している。
取り上げられた作品群のファンだけでなく、
観たことのない、もしくは観たけど難解だった、つまらなかった、というヒトにとっても、
まさに目から鱗が落ちる、というレベルで、映画が〝見えてくる〟。


今回取り上げられたのは、80年代の作品。
といっても、いわゆる〝あの時代〟のメインストリーム作品ではない。
映画作家の時代だった70年代とはまた違う、
ある意味〝異形〟の作家によるカルトムービーばかりだ。
並べてみるだけで、その作品群の〝凄み〟が伝わってくる。
デヴィッド・クローネンバーグの「ビデオドローム
ジョー・ダンテの「グレムリンジョー・ダンテ
ジェームズ・キャメロンの「ターミネーター
テリー・ギリアムの「未来世紀ブラジル
オリヴァー・ストーンの「プラトーン
デヴィッド・リンチの「ブルー・ベルベット
ポール・ヴァーホーヴェンの「ロボコップ
そしてリドリー・スコットの「ブレードランナー


「はじめに」ではフランク・キャプラの「素晴らしき哉、人生!」を取り上げ、
アメリカ映画界がいかにして、この80年代に至ったのか、を説明する。
そして、80年代に登場した、このカルトムービーたちが描く〝悪夢〟について、
映画そのままの臨場感を伝えながら、丁寧に解説を加えていくのだ。
こうやって書いていると、まるでオタクの本なのだが、
(ちなみに町山氏はあの「別冊宝島」の「オタクの本」編集者だったりする)
たぶん、映画をあまり観ないヒトでもきちんと理解できるぐらい、
普通の言葉で、わかりやすく、映画について書き込んでいる。
だから、よくあるマニア向け本とは、一線を画しているので、ご安心を。


で、内容だ。
最初に登場するのは〝内臓感覚〟と謳われた独特の映像で知られるクローネンバーグ。
本ではまず、そのクローネンバーグ映画の原点から、
〝八〇年代で最も難解な映画〟という「ビデオドローム」を読み解いていく。
あの映画を初めて観たときの感想は
「すごいけど、よくわからない。よくわからないけど、すごい」だった。
しかし、実はクローネンバーグ本人が
「わかった、と思うとすぐにその手からすり抜けてしまう。つかみどころがない」と
話している、というエピソードが紹介されると、何だかうれしくなる。
それでも、20年の時を越え、新たに読み解いていくと、
この「ビデオドローム」が、いまのメディアコントロール
そしてITによるメディアの再構築を、予見していることが見えてくるのだ。


僕が勝手に〝趣味のヒト〟と呼んでいる、ジョー・ダンテのエピソードも面白い。
ジョン・デイヴィソン、フィル・ティペットロブ・ボッティンら、
そうそうたるメンツで製作した、ダンテの出世作「ピラニア」、
ファンタジーグレムリン」のどこかムチャクチャな世界観、
そして〝映画史上最もムチャクチャな続編〟(仰る通り!)の「グレムリン2」の話は、
読んでいるだけで、常に趣味全開で突っ走るダンテらしくて笑ってしまう。


ブラザーズ・グリム」が記憶に新しいテリー・ギリアムは、
あの名作「未来世紀ブラジル」で登場する。
「バロン」「ドン=キホーテを殺した男」の大失敗などで、
すっかりトラブルメーカーとなってしまったギリアムの映画より破天荒な人生も面白いし、
「未来世紀〜」に描かれた現代の魔女狩りや、カフカ的不条理の話も、これまた興味深い。


マルホランド・ドライブ」「ロスト・ハイウェイ」のリンチは、
ブルーベルベット」で明るい日常の下に蠢く、暗く腐敗した〝何か〟を描き出す。
原っぱに落ちている、切断された耳、というシュールな光景で始まる悪夢は、
いったい何を意味していたのか、ただただ圧倒される映像の裏側を見せてくれる。


ロボコップ」で登場のヴァーホーヴェンのエピソードもたまらない。
ナチス・ドイツに占領された故郷ハーグが原風景というヴァーホーヴェンの、
すさまじまいまでの暴力・残虐描写の中に、本当は何があるのか。
あの「ロボコップ」のすさまじいバイオレンスシーンの再現とともに読み解いていく。


ポストモダンをキーワードにした、
カルト映画の元祖「ブレードランナー」の解説も文句なしに面白い。
その後の〝近未来SF映画〟を絶対的に方向づけてしまった、
歴史的な作品が描いた〝モダンの脱構築〟とは何であったのか。
諸説入り乱れるデッカードハリソン・フォードレプリカント説も交えて、解説していく。


いずれも強烈な印象を残す作品ばかりだが、
理解できたかというと、いまいちぼやけた部分も多い作品ばかり。
本を読み終えると、その欠けたパズルにミッシング・ピースが加わり、
ぼやけて見える画像の焦点が、ぴったりと合わさっていくような感覚を覚える。
映画を通じた80年代アメリカのクロニクルでもある。
社会との密接な関わりから生まれた、80年代ならではのカルト映画たち。
その作品を、深く、そしてよりクリアに追体験するためにも、必読の書だと思う。
読み終えたら、また作品を観たくなること、請け合い。ホント、たまらん一冊だった。