平安寿子「愛の保存法」

mike-cat2005-12-27



最近刊行ペースが速くなった気がする、平安寿子の最新短編集。
ズレてこじれるオトコとオンナを描いた7編だ。
オビは
〝食い違って、間違って、うまくいかない男と女
 切なさをユーモアで包む、著者の真骨頂〟
なるほど、冷蔵庫を開けるシロクマ? の表紙も印象的な、
いかにも平安寿子らしい、どこか切ないけど、ほろりとくる〝いいお話〟集だ。


冒頭の表題作「愛の保存法」は、
結婚と離婚を繰り返す友人の光太郎とまゆみの関係を、コミカルに、しかし切実に描く。
そういう映画、あったな…
アレック・ボールドウィンキム・ベイシンガーの「あなたに愛のリフレイン」。
実際の夫婦が演じる〝おかしな夫婦〟はどうにも中途半端だった記憶がある。


それはともかく、短編はまず、4度も結婚式を〝されてしまった〟友人たちの苦悩から始まる。
女性にとってみれば、衣装の問題もあるし、ご祝儀だっていまさら…の感はある。
しかし、それでもあっけらかんとしている二人に、突っ込みが入るのも無理はない。
だが、その二人の関係をひもといていくと、それなりの事情が見えてくる。
直接の原因は、嫁姑問題、仕事と家庭の両立、定番の浮気などなど…
だが、本当の原因を聞き出していくと、何とも切ないお話が展開していく。
それがいわゆる「愛の保存法」となるのだが、
まあそれを見ている側の問題も絡んできて、なかなか複雑な味わいを醸し出す。
単純な〝いい話〟で終わらせないところが、作者らしくって、また泣かせるのだ。


「パパのベイビーボーイ」は、
文字通りスケコマシでロクデナシの父親に翻弄されていく丈彦が主人公。
よくいう〝愛すべき人物〟に近しいタイプではあるのだが、
息子の立場から見た事実だけを並べていけば、〝許されざる者〟の次元に達している。
それでも親は親、と、婚約者の琴絵を紹介してみれば、何と…、というお話。
恋路を邪魔され、激怒する丈彦に対し、
「恋の悩みの相談を受けた」と無邪気に喜ぶ父親の姿が、読む者を何とも脱力させる。
結局は父親のマッチポンプだったりするのだが、
しょうもない事件をきっかけに父子関係の再生がなされていく様は、どこかほほ笑ましい。
これだけのロクデナシを使って〝いい話〟に仕立てる技、
さすが「素晴らしい一日」の平安寿子という感じだ。


「きみ去りしのち」は、
母を亡くしたばかりの自称〝女のマザコン〟有子と、恋人の剛の関係を描く。
傷つき、落ち込む有子をそっとしていたら、何と…というお話だ。今回こんなのばかりだが。
この短編は、この剛の心情を思うとちょっといたたまれない。
「そんなこといわれても…」という不条理な切なさが強く感じられる一編だ。


「寂しがりやの素粒子」は、
求心力を失った家族を、ある闖入者が結びつける、というお話。
この闖入者が、勉強以外には興味のない、基礎物理学者というのが面白い。
何でも、この基礎物理学というヤツ、
まったくカネにならない学問で、大学で研究者になるぐらいしか、潰しがきかないらしい。
それにも関わらず、研究一筋に打ち込んだ結果が、
かつて臨時講師を務めた学校の生徒たちの家を渡り歩く、〝準〟ホームレスだったりする。
この〝役立たず〟と、旋盤加工の職人との、不思議な交流がほんわり温かい。
これまた、どこかずれてるけど、ちょっといい話に仕上がっている。


「彼女はホームシック」は、〝不動産マニア〟の都季子と〝私〟の微妙な関係を描いた一編。
不動産マニアとは何たるや、というヘンな都季子の習性と、
何だか煮え切らない〝私〟との二人の関係が、 何とも切なく、温かい。
「出来過ぎた男」は、〝何〟が出来過ぎた、なのか、を知って思わず笑ってしまう一編。
当事者レベルでこの男を許せるかどうか、は別として、これもどこか人生の深みを感じさせてくれる。


というわけで、平安寿子らしさが随所に感じられる一冊。
なのだが、一冊の本として見ると、いまひとつパンチ力に欠けるきらいはある。
こちらが過剰に期待しているせいもあるのかもしれないが、
あくまで僕個人としては、キメの一編というのが、見つからなかったのも確か。
強いて挙げれば「パパのベイビーボーイ」なのだが、
これは平安寿子にとっていい意味でも悪い意味でも〝手慣れた〟題材でもある。
過去の再生産、とまでは言わないが、新味に欠けるのは否定できない。
むろん、面白いことは間違いがないのだが、
平安寿子を未読のひとに薦めるとしたら、優先順位は下から数えた方が早いかも。
というわけで、つくづく読者ってわがままね、と思いながら本を閉じたのだった。