伊坂幸太郎「砂漠」

mike-cat2005-12-14



伊坂幸太郎の書き下ろし青春小説、だ。
オビには「砂漠に雪を降らせてみせよう!」
〝社会〟という名の砂漠から守られた、
〝学生時代〟というオアシスに生きる若者たちが、
砂漠の状況を憂い、砂漠に雪を降らせる奇跡を起こすべく奮闘する。
いわゆるモラトリアムの時代の悪戦苦闘を、温かい視線で描いた青春ドラマだ。


登場人物は、鳥瞰の視点からしかモノを見られない、冷静な〝僕〟北村と、
ちょっとお調子者の鳥井、暑苦しいまでに熱い、真っすぐなオトコ西嶋に、
ちょっとした超能力の持ち主の南、クールビューティーの東堂の女性陣2人。
仙台の大学に進学したばかりの5人が、
1年の春、2年の夏、3年の秋、4年の冬を、さまざまな事件や恋愛模様で彩る。


まあ、ストーリーとしてはかなり微妙な出来じゃないか、と。
いい意味でも悪い意味でも、というか、おもに悪い意味で、とてもマンガっぽい。
ちなみに僕は幼稚園の頃からのマンガ好きなので、マンガをバカにするつもりはない。
だが、この「砂漠」のお話は、どこを読んでも、
20年ぐらい前のビッグコミックスピリッツとかで、よく読んだようなお話ばかりなのだ。
キャラクター造型は、もうそのまんま、という感じだし、
著しく、といっていいほど、新味には欠けていると思う。


もちろん、語り口はさすがの伊坂幸太郎なので、
とても舌触りはいいのだが、既視感、既読感がどうしてもぬぐえない。
また、その読みやすさの一方で、
1週ごとの週刊連載がもたらすような、安直さもどこか感じてしまう部分が多い。
たとえば、超能力。
これがとても都合のいいところで出てきてしまうあたり、いかにもマンガ、なのだ。
だから、スラスラと読めてしまうのだが、どこかグイッとこころに引っ掛かってこない。
ただ、もしかすれば、
あの時代の青春マンガへのオマージュ、ととらえれば、それもまた楽しいのかもしれない。
既読感がむしろ心地よいことも、時にはあるし。


とはいえ、ごく細かい描写というか、小道具的な部分に関しても、
これまた伊坂幸太郎らしいこだわりは見えてくる。
たとえば、「世界を救う」とか平気で公言しちゃう暑苦しいオトコ、西嶋の、
音楽の趣味といえばラモーンズとクラッシュだったりする。
いまの時代、ラモーンズとクラッシュを好む大学生っていうのも、相当なものだ。
で、飲み会では説教しちゃうし、何かやらせればいわゆる〝鈍くささ〟が目立つ。
それでも、真っすぐ自信を持って突き進むパワー、
というのはいつの時代にも共通のキャラクターではある。
そんなオトコに美女が惹かれる、というのも、まあありきたりといえばありきたりだが…


やたらと麻雀のシーンが出てくるのもちょいと意外だった。
しかし、これがどうにも微妙な感じだ。あまり麻雀はご存じないのかも。
たとえば「ツモトイトイ…」という役名が出てきたりする。
「ツモ」という和了の発声+トイトイ…という役名ならまだしも、
これでは単に四暗刻を知らないだけ、という印象を与えかねない。
あとは、「進行が遅く、半荘で1時間近くもかかってしまった」というくだりも、
あったりしたのだが、東南回しの半荘は、ふつうだいたい1時間かかるものだし、
近年流行りの東風戦だとしたら、半荘という表現そのものが間違っている。
ここらへん、伊坂幸太郎らしくないな、というのは、まあ蛇足ながら感じた。
高校時代、プロも出る大会に出場したりするほど、
麻雀に夢中になったクチなので、どうしても気になってしまっただけなのだが…


とまあ、ずいぶん散漫なレビューになったのだが、
結論としては「面白いけど、あまり余韻の残らない」軽く楽しめる作品か。
細かい部分や、ストーリーの安直さはとりあえず目をつぶり、
テンポよく活字を追い、物語を素直に読み進めば、楽しい時間は過ごせる。
しかし、「伊坂幸太郎の小説を読みたい」という向きにはどうだろう。
まだ伊坂作品を全部読んでない僕がいうのも何だが、
どこか物足りなさばかりが目立つ作品ではあるかもしれない。
もちろん、伊坂幸太郎作品という、高い水準から見た評価であるのも、間違いないのだが…