三崎亜記「バスジャック」

mike-cat2005-12-10



あの衝撃的にヘンな小説「となり町戦争」に続く、
三崎亜記の第2作は、7編による短編集だ。
表題作「バスジャック」を始め、この短編集でも、三崎亜記のヘンな感覚は、
独特の風合いを醸し出し、読者をねじれた時空間に誘い出してくれる。


冒頭の「二階扉をつけてください」からして、とてもヘンだ。
物語は、近所に住む小太りの中年女性の、ねっとりとした言葉で始まる。
「ああ、ご主人さん? もう町内でおたくだけなんですけどねぇ。
 そろそろつけてもらえないですかねぇ」
どうも、回覧板でその旨の通達があったらしい。
しかし、二階扉って…、と思っている間もなく、不条理な世界に引きずり込まれる。
しかたなく二階扉をつけるべく、業者を頼んでみれば、
これまた明らかに怪しい業者が〝次々と〟現れたりして、これまた世界がぐにゃり。
オチはいまいちな感じなのだが、そのねじれた感覚はなかなかだ。


「しあわせな光」は、いい話系、といったらいいのだろうか。
街を見下ろす丘から見える、いまは不在のはずのわが家。
そこには、失われた過去の光景が展開する。
まだ若い両親、そして幼いころの〝僕〟。
哀しい記憶と、心地よいノスタルジーが混ざり合い、
見え見えだが、気持ちのいいラストにつながっていく。


「二人の記憶」は、どうしても記憶が食い違う男女の物語。
〝僕〟の記憶が間違っているのか、それとも彼女がおかしいのか…
どこか安部公房の「人間そっくり」を思わせるような展開から、
三崎亜記はひと味違った味わいの短編を創り上げる。
この短編集の中でも、屈指の切れ味と余韻を感じさせる一編だ。


面白かったのは、この二人の映画観についての記述だ。
〝僕たちは、聴く音楽や読む本のジャンルでは友好な隣国関係を築いていたが、
 こと映画に関しては、国境戦争が起きそうなほどに文化的、歴史的背景を異にしていた。
 そのため、「休戦協定」と称して
 「相手の選んだ映画には一切文句を言わない、拒否しない」という不文律をつくり、
 交互に自分の選んだ映画に相手を連れて行くことにしていた。〟
なかなか興味深いやり方かもしれない。
別に文句を言わず、冷静に感想や意見を言いあえばいいのに、とも思うが、
そこはそれ、三崎亜記のヘンな小説の世界の話だし、
〝文化的、歴史的背景〟も違ったら、理解し合うのも言葉でいうほど簡単じゃないはずだ。


僕なんかは、
たとえば、邦画のイベント映画しか観ない人とはさすがに相容れないが、
知らないジャンルの映画観る人の意見は貴重だし、
むしろいろいろ新しい世界を見せて欲しいな、というタイプだから、
この小説のような不文律とは、無縁かもしれない。
まあ、もともと僕がダボハゼのように何でも観るので、
うちでは「奥さまが観たい映画だけ一緒に観る」方式を採用している。
採用している、って別に説明するのもヘンだけど…


それはさておき表題作の「バスジャック」だ。
〝今、「バスジャック」がブームである。〟で始まるこの短編も、まことにヘンだ。
ブームが〝再燃〟した、バスジャックにある種の様式美を取り入れ、
類型化し、分類する。そして、その美学を追求していく様がとてもヘン。
「シテ」「ツレ」「地謡」「後見」という耳慣れない架空の専門用語も出てきたりして、
〝バスジャック学〟の奥深さなどもうかがえるのが、また面白い。
ストーリーそのものも、いい感じのひとひねりがあって、なかなか完成度の高い一編だ。


「雨降る夜に」は、
どこかリチャード・ブローディガンを思わせる雰囲気のごく短い短編。
何となくズレた〝いい話〟が読む者のこころをなごませてくれる。
「動物園」も、「バスジャック」同様、動物園にまつわるある仕事のウンチクが読ませる。
ストーリーそのものは、比較的普遍的なオシゴト物語ではあるのだが、
そのウンチクの味つけがなかなか面白いので、一風変わった短編として楽しめる。


中編のボリュームがある「送りの夏」も、普遍的といえば、普遍的か。
突然家を出た母を追いかけ、田舎の海辺の駅に降り立った麻美。
まるでマネキンのような〝病人〟と、暮らす人々と、その心象風景が優しい筆致で描かれる。
簡単にいってしまうと泣かせ話で、泣けるかというとまずまず、という感じなのだが、
これはこれとして、まとまりよく書けているのではないか、という感じ。
ある意味、三崎亜記らしさ、という意味では不満も残る一編だ。


以上7編。たとえて言うなら、
藤子・F・不二雄による〝S(すこし)・F(ふしぎ)〟系の小説という感じかも。
出来としてはバラつきはあるが、
依然として三崎亜記が〝気になる作家〟であることが、実感できる本に仕上がっている。
今後もこうしたテイストの作品をどんどん世に送り出して欲しいな、と、期待は膨らむ。
どうか、〝普通の作家〟になってしまいまわないよう、(勝手に)見守りたいものだ。
って、すっごく偉そうに書いてしまったが、とりあえず、
「となり町〜」が気に入った人には必読の一冊かな、という平凡な結論できょうは終わり。