山本幸久「幸福ロケット」

mike-cat2005-12-02



はなうた日和」「凸凹デイズ」と、
〝何かいいなあ〟的な作品を送り出してきた著者の最新作。
今回の主役は、小学五年生の香な子。
誕生日がクリスマスイブ、香奈子でも、香那子でもない、香な子という名前、
そして仲が良すぎる両親、という三つの不幸を生まれつき背負った少女。
山の手の文京区小石川から、下町の葛飾区お花茶屋へ越した、
香な子の日常、そしてまわりに起こった小さな事件を、
京成本線沿線の小学校を舞台に、細やかに描いていく。


本を開いて驚いたのだが、字が大きい。
主人公が小学生ということもあるのだが、やや児童文学よりの作品だ。
だから、香な子を通し、あの年代独特の傲慢さ、繊細さが、小説の味でもある。
これといって特徴のない小森くんや、
アイドルさながらの振る舞いでクラスの中心になる町野さん、
そして元モデルで、やや怖い鎌倉先生など、登場人物もなかなか深い。


ストーリーの中心となるのは、
香な子と小森くんの、恋とも呼べないほど淡い、ほのかな感情。
二人はまだ〝それ〟を意識するほど大人でもなく、
でも、それがわからないほどの子供でもない。
ちょっと大人びている町野さんの存在を通して、
自分たちがこれから体験する、恋ごころの原形のようなものを感じるのだ。
何だか自分の〝あの頃〟を思いだすような気がして、
むずがゆいやら、懐かしいやら、で、その感情がグッと伝わってきたりもする。


山の手から下町、という劇的な移動を余儀なくされた、
香な子のこころの動きも、戸惑いというほどのものではないが、しっかり伝わる。
個人的には、下町には縁がないけど、
小学生の頃通っていた、茗荷谷営団地下鉄丸ノ内線)という駅名も出て、
何だか懐かしい思いもよぎった、というのはあくまで余談。


印象に残ったのは、
小森くんの家庭の事情を、鎌倉先生が香な子にきちんと説明する場面だ。
ふとしたことから知った、小森くんのお母さんの病気。
「よくないんですか?」と訊く香な子に先生はこう言い放つ。「いいとはいい切れない」
この後、こう続くのだ。
〝彼女は生徒に対してまるで遠慮がない。こういうところが香な子は好きだった。
 ほかの先生やおとなであれば、だいじょうぶよとか、
 あなたが心配することじゃないなどと、いうことだろう〟


この気持ち、痛いほどわかるような気がする。
子供扱い、という名の不当な扱い、そんな中途半端な大人の配慮が、
結果的にどれだけ子供を傷つけるのかを考えれば、こたえは明白だ。
別に個人的に特別な体験があったというわけでもないが、
そういう〝都合のいい〟配慮をする大人をどれだけ軽蔑したものか。
何でもかんでも、あからさまに、というのが難しいのは理解できる。
だが、やっぱり当時の自分を振り返ってみれば、
きちんと説明して欲しかった、という感情は、理解もできるし、正当だと思う。


小説そのものは、さらりと読める。
とても軽やか、といっていいストーリー展開だ。
だが、一方で、前述の部分に限らず、
ヒリヒリするような熱さ、みたいなのは随所から伝わってくる。
この作品を傑作、というのには微妙な感じもあるのだが、確かにいい作品であると思う。
僕が読んだ過去の2作品と比べても、ある意味遜色のない出来。
山本幸久の作品、これから見逃せないな、とこころに刻んだのだった。