道具屋筋は千日前セントラルで「イン・ハー・シューズ」

mike-cat2005-12-05



この秋の本命かな、と思っていた期待の一本。
予想通り、といったら偉そうだけど、やはり素晴らしい作品だった。
ローズ=トニ・コレットとマギー=キャメロン・ディアズは、
若くして逝った母の記憶と、靴のサイズ以外、性格も容姿もまったく違う姉妹。
フィラデルフィアで弁護士をしているローズは、容姿もいまいちでストレスを抱える毎日。
難読症のため、無職のローズは、美しい容姿と奔放な性格でオトコの間を泳ぎ回る毎日。
ある日、ローズのもとに転がり込んだマギーは、ローズのオトコと寝てしまう。
致命的な大げんかのあげく、マギーは家出。まだ見ぬ母方の祖母のもとへ旅立ってしまう。


基本的には、姉妹愛・家族愛と癒やしの物語だ。
足に合わない靴同様、どこかしっくりこない生活に苦しむ姉妹。
履きもしない靴を並んだローズのクローゼットは、
まさにそのストレスを象徴するように、どこか寂しい雰囲気を漂わせる。
そして、お互い欠くことのできない姉妹が、大げんかで離れ離れになる。
しかし、事件をきっかけにふたりはお互いを、そして見つめ直す。
失われた〝何か〟を取り戻し、ローズとマギーは、本当の自分に出逢う。
そう、まるで足にぴったりの靴を見つけたように…


タイトルはやはり、つねに靴と生活する欧米人ならでは、の発想だと思う。
家に帰ったらすぐ靴を脱ぐ日本人では、
ここまできっぱりと〝靴〟にすべてを象徴させることはできないだろう。
〝靴〟といえば、昨年公開の「靴に恋して」が思いだされるが、
あの概念的なものに終始した凡作と比べ、この「イン・ハー〜」にはドラマがある。
かなりベタな〝泣かせ〟も使うのだが、絶妙なタイミングで使われるので、
ローズ、そしてマギーのこころが癒やされていく場面には思わず涙がこぼれる。


監督はカーティス・ハンソンなのだが、さすが、のひと言だ。
「揺りかごを揺らす手」では、子どもを持つ母親の恐怖を最大限に膨らまし、
「L.A.コンフィデンシャル」では、暗黒のLAにうごめく男たちの野望を描き出し、
ワンダーボーイズ」になると一転、ペーソスあふれるドラマを描き、
「8mile」では、エミネムの〝アイドル映画〟を極上の青春ドラマに仕立てる。
タイプの違うさまざまな映画を、その最大の見どころにフォーカスしつつ、
ハンソンならでは、のスタイリッシュな作品にしてしまっている。
この作品でも、見どころとなる〝泣かせ〟を、
時に軽妙に、時にグッと力を込めた描写で有効に使い分ける。
なおかつ、出しゃばりすぎて時には映画をぶち壊す、
〝名女優〟シャーリー・マクレーンをうまく使いこなし、感動を増幅する。
いや、本当にこの監督、巧いな、とうなるしかない。


脚本に目を移すと、
エリン・ブロコビッチ」「エバー・アフター」のスザンナ・グラントの名前。
これも「なるほどね」と思わせる作品ばかりだ。
やけに巧いんだけど、匂うほどクサくない。
物語のテンポを壊すことなく、観る者を心地いい感動に導いてくれる。
4年ぶりの作品だということだけど、何でこんなに寡作なんだろうか、と惜しくなる。


出演陣もとてもよかった。
トニ・コレットといえば、「シックス・センス」「アバウト・ア・ボーイ」と、
薄幸な雰囲気をプンプンと醸し出すシングルマザー役が印象深い。
この映画のローズも、成功を手にしながら、どこか幸薄い女性。
だが、後半で生き生きとした表情を取り戻していく中で、
観ている者まで幸せになるような、最高の笑顔をふりまいている。
印象的ではあるが、美人でも何でもない、スタイルも…のコレットが、
ここまで輝いているのも、演出、脚本、演技の3拍子が揃ったおかげだと思う。


キャメロン・ディアズも、単なるスター以上の役割を果たした。
メリーに首ったけ」の頃の、立っているだけで輝くような魅力は、正直もうない。
生活の乱れた女性役、ということで、
メイクもそういう感じにしているのだろうけど、ま、ちょっと微妙な印象だ。
だけど、フロリダを舞台に移した後半、少しずつ人間的成長を遂げる姿からは、
スターというだけじゃない、キャメロンの魅力が存分に伝わってくる。
ある意味、ひと皮向けたキャメロン・ディアズの姿、と言っても過言ではない。


前述した通り、シャーリー・マクレーンを始めとするベテラン陣も、
いわゆるオーバーアクトなしで、ドラマを構成する一要素に徹している。
特に印象的だったのは、
マギーにビショップの詩を読ませ、自信を与える〝教授〟役のノーマン・ロイドだ。
あんまり有名な俳優じゃないみたいだが、これがまた味わい深い。
ここらへんが、クライマックスの〝涙〟の伏線にもなってて、またたまらないのだ。


旅行中に公開された映画が、何だかいい作品ぞろいで、
ちょっと複雑だったりもするのだが、この作品も間違いなくことしのベスト10候補。
しみじみと、「いい映画観たなぁ」と感動を胸に、劇場を後にしたのだった。