黒川博行「暗礁」

mike-cat2005-11-11



気づいたら、明け方まで読んでいた…
疫病神 (新潮文庫)」「国境 (講談社文庫)」に続く、〝疫病神シリーズ〟第3弾。
新潮社、講談社と版元を変え、今度は幻冬舎からの出版となった。
って、それは別にどうでもいいんだが、本棚にうまく並べられないのがちょっと…


なにわのコテコテ&イケイケヤクザ、桑原と、
その桑原を疫病神視しながらも、腐れ縁が切れない建設コンサルタント、二宮。
「疫病神」では、産廃施設建設をめぐる政財官&ヤクザを巻き込んだ騒動に巻き込まれ、
「国境」では、ヤクザ同士の抗争をめぐって、例の〝首領さま〟の国に潜入した二人が、
こんどは警察とヤクザによる企業癒着事件で、〝シノギ〟をかます
ちなみに〝シノギ〟とは、ヤクザ屋さんの資金稼ぎ、のことだ。


きっかけは、宅配会社の東西急便による汚職警官への接待麻雀だった。
桑原から、代打ちに指名された二宮が、汚職捜査をめぐる騒動に巻き込まれる。
気づいてみれば、二宮は関西中のヤクザの標的に。
桑原とともに、その癒着の裏側をのぞき見た二宮は、事態打開に向け、沖縄に飛ぶ−


このシリーズのウリのひとつに、桑原&二宮の漫才さながらの掛け合いがある。
勝手気ままな桑原と、それに翻弄されつつ、余分なひと言を忘れない二宮。
性格は極めて粗暴、抗争ではダンプカーで相手の組事務所に突っ込んでいく。
ゴロ巻き(ケンカ、ですな)では無類の強さを誇る武闘派でありながら、
経済ヤクザを自認する、巧みなシノギ、そして組内のパワーバランスを冷静に分析する視点。
その単純明快さと複雑さが入り交じる桑原のトークに、
二宮が凡人、そしてカタギの視点でありながら、どこか腹の据わった意見を交える。
無論、桑原の言葉は、ヤクザの論理なのだが、時に心地よくも響く。
特に、ぼやきばかりの二宮に対し、頭脳を駆使してシノギに邁進する桑原の言葉は手厳しい。
堅気とヤクザ、どっちの理屈が実際には正しいのか、
微妙なグレーゾーンが浮上し、何も考えずにはまっていた〝常識のワナ〟を顕わにする。


という小難しい物言いで書いてしまってはいるが、
この小説のすごいところは、そうした視点を交えつつ、笑わせる掛け合いが展開するところだ。
これは大阪弁の効用、というのもあるのだろうが、やはりこれこそ黒川博行の味だ。
「アホ」「ボケ」「どないもこないもあるかい」。
コテコテの言葉が飛び交うダイアログには、
小説内の凄惨な場面にすら、どこはかとないユーモアが漂うのだ。


で、このシリーズのもうひとつの味、というか黒川博行の味わいに、
詳細なリサーチに基づく、多層に織り込まれた舞台裏、というやつがある。
つまり、政、財、官、ヤクザ、警察…。
ありとあらゆるスジから、甘い汁を吸おうと、利権に群がってくる。
シノギのプロたる桑原がえぐり出す、その裏側のグチャグチャぶりは、ひたすら黒い。
確か市民の味方、であるはずの警察も強欲なまでにカネに群がる。
その姿に二宮はあ然とする。
〝何重にもからみあった地方都市の闇の人脈と金脈を二宮は感じた。
 掘れば掘るほど根は深い〟
「何から何まで裏があるんですね、びっくりしましたわ」
その言葉は、読者の気持ちの代弁でもあるのだ。


警察腐敗の象徴として描かれるのが、マル暴の中川だ。
桑原いわく〝菊の代紋〟背負ったヤクザ。
なるほど、実際、一般的な警察官を想像してみるといい。
あの人たちの目つきの悪さ、そしてたたずまいは、まさしく、そのものだ。
まあ、越えてはいけない一線を踏み越えた場合と、
ごったにしてはいけないのだが、やっぱりどこかきな臭い。


カネ、カネ、カネ…。
すべての行動の原点をそこに置く中川に、二宮の嫌悪感は募る。
〝尊大、専横、増長、中川の言葉に市民に対する謙譲や慎みはない。
 死んだ××(筆者注…一応ナイショ)もそうだったが、
 〜 職業がひとを作るというなら、
 二宮は何度生まれ変わっても警察官にだけはなりたくない。〟
政治家や役人、企業の腐敗ぶり、そしてヤクザの手口を見尽くした二宮ですら、
腐敗した警察官のそのどす黒さには、閉口するしかないのである。


とはいえ、したたかなのは誰もが同じ。
そのしたたかで黒い連中のシノギでは、
ありとあらゆるところで癒着と裏切りが繰り返される。
そんな中で、生き抜いている桑原の言葉は、えげつなくも重い。
シノギにおけるリスクの分散をひとしきり説明した後の決めぜりふだ。
「どいつもこいつも自分の思惑で走っとんのや。
 走るやつが多いほど、つまずいて倒れるやつも増える。
 倒れたやつを食うのがシノギのコツや」
やってることは、とんでもない恐喝と暴行、詐欺の連続だが、
この言葉だけ聞いていると、なるほどシビれるぐらいの物言いなのだ。


軽妙な掛け合いと、多層に織り込まれたドラマ。
そんな横軸の広がりの一方で、縦軸となるストーリーのスピード感もたまらない。
シリーズもののよさを生かし、いきなりトップスピードで展開したかと思えば、
二宮、桑原の背景を追うような、絶妙なギアチェンジもある。
野球でいえば、緩急の効いた投球、といった感じ。
時間を忘れて没頭する、という言葉がこれほどふさわしいシリーズもない。
シリーズどの作品も面白いのだが、
厳密に評価をつけてしまうと「国境」>この作品「暗礁」>「疫病神」という感じか。
だが、大傑作「国境」と遜色のない興奮が待っていることだけは保証付きだ。


どこか「ルパン三世」を思わせる、ラストのオチも、
かえって清々しさを感じさせたりして、読後感も文句なし。
このまま、高水準でシリーズが続いていくことを、切に願いながら、本を置くのである。