道頓堀松竹角座で「ブラザーズ・グリム」

mike-cat2005-11-10



未来世紀ブラジル」「12モンキーズ」のテリー・ギリアム最新作。
グリム童話」で名高いドイツの民話収集家、
グリム兄弟をモチーフにしたファンタジー・アドベンチャーだ。
ギリアム作品というと、
映画製作失敗の顚末をまとめた「ロスト・イン・ラマンチャ」(2001)以来。
いわゆる普通の映画としては「ラスベガスをやっつけろ」以来、7年ぶりとなる。
(もちろん、映画の内容は全然普通じゃなかったが…)
何だかえらく久しぶりなんで、期待半分、不安半分で劇場に向かう。


19世紀末のドイツ。
ウィルとジェイコブのグリム兄弟は、地方を回り、民間伝承を集めるかたわら、
胡散臭い魔物退治で高額の報酬を掠め取って、生計を立てていた。
ある日、フランス軍の将軍に連続少女失踪事件の解決を命じられたグリム兄弟。
少女たちが消えた森へ向かった兄弟が遭遇したのは、
ラプンツェル」の塔に巣くう恐るべき魔力を兼ね備えた魔女だった−。


気になったのは、やはりグリム兄弟のキャストだ。
行動的で直情的な兄ウィルと、想像力豊かで内省的な弟ジェイコブ。
これを演じるのがマット・デイモンヒース・レジャーと聞けば、
映画好きなら、誰でも想像するところは同じだろう。
「ROCK YOU!(ロック・ユー!)」のレジャーがウィル、
リプリー」「ボーン・アイデンティティ」のデイモンがジェイコブ、と。


しかし、逆なんである。パンフレットによると、本人たちの希望だとか。
「いつも同じような役ばかり、やりたくない」とか。
確かに、意外性があって面白い。二人の演技自体もなかなか悪くない。
悪くないんだが、やっぱり逆の方がよかったんじゃないか、の感は強いのだ。
確かに〝いつも映画を観てる〟スジからすれば、面白いのだが、
冷静に考えると、やっぱり素直なキャスティングの方がハマるはずなのだ。
言い換えるならこうだ。
ほかの出演作との関連性でみれば、興味深いが、
一本の作品の完成度で考えた場合、素直なキャスティングを望みたかった。
ギリアムが当初持っていたイメージを優先して欲しかったな、というのが率直な感想なのだ。


そう考えると、この作品全体に漂うムードにも、
どこかギリアムの遠慮というか、ギリアムの意図に外れたもの(想像)を感じる。
つまり、製作者サイドの意向が、強く反映されているような感覚を覚えるのだ。
「フィッシャーキング」にも見られるような、どこか収まりのよさ、といってもいい。
ラスベガスをやっつけろ」的な、ギリアムの好き放題っぽさが感じられないのだ。
(あれはもちろん、ラリってる人たちの話なので、ムチャクチャなのも当然だが…)


もちろん、幻想的なムードのビジュアルや、ダークでおどろおどろしい雰囲気には、
いかにもギリアムらしい徹底的なこだわりが感じられるし、
モンティ・パイソン的なドタバタが随所に溢れている点では、非常にギリアム的だと思う。
じゃあ、どこがギリアム的に感じないか、ということになる。
キーワードは〝破綻〟である。
あくまで個人的な意見なのだが、ギリアム作品はその雰囲気もさることながら、
どこかに歪んだような破綻が見え隠れするのが、持ち味の一つだと思う。
未来世紀ブラジル」や「12モンキーズ」なんかも、
最終的な編集などにより〝まとまった〟作品にはなっていたけど、
映画そのものには、どこかぐにゃりと歪んだ雰囲気と、ある種の破綻が充満していたと思う。


だが、この「ブラザーズ・グリム」には、どこかライトだ。まとまりがいい。
普通、まとまりがいいのは、長所であるはずだが、
このダーク・ファンタジーにおいては、物足りなさを感じさせる短所ですらあると思う。
だから、映画としてはまずまず面白いのだが、ギリアムの作品としてはもの足りない。
もっと〝おかしな話〟が観たかったな、というのが率直な感想なのだ。


原因は、想像に易い。
過去にも「バロン」などで製作費の増大でトラブルを繰り返したギリアムだ。
「The Man Who Killed Don Quixote」の失敗が決定打となったのだろうと思う。
(その顚末を描いたのが「ロスト・イン・ラマンチャ」)
脚本は別人、好きに作るような権限はなく、プロデューサー主導での製作…
もちろん、ブライアン・デ・パルマ(「アンタッチャブル」)みたいに、
製作者の〝監視〟があったらあったでいい作品を撮る監督もいるのだが、
ギリアムのこの作品についていえば(想像通りなら)毒を抜かれた感も強い。
ギリアムの作家性と職人性でいえば、職人性が前面に出た映画に感じられるのだ。


もちろん、実際の事情はわからないし、パンフレットなんか読むと
ポップカルチャー評論家のみわのあつお(この肩書もようわからんが)が絶賛してる。
「これぞ、テリー・ギリアム!」みたいな感じで。
周辺的な文化背景や、事情にもはるかによく通じている専門家の意見である以上、
たぶんそうなのだろうから、今まで書いたことはあくまで個人的な印象に過ぎないのだろう。
だけど、僕の目にはやっぱり映画会社のフィルターで、
ギリアム独特の毒とアクが抜けたように思えたのだ。


とまあ、ここまで書いてはみたのだが、
ギリアムへの過剰な期待を抱いてさえいなければ、この作品はめっぽう面白い。
「ファーゴ」(犯人の片割れ)「アルマゲドン」(あやしいロシア人宇宙飛行士)の、
ピーター・ストーメア演じるアホなイタリア人カヴァルディ(拷問の専門家)をはじめ、
ジョナサン・プライス(「未来世紀ブラジル」)、
モニカ・ベルッチ(「アレックス」)の悪乗り演技も、これはこれで楽しいし、
赤ずきんちゃん」「ラプンツェル」などなどグリム童話に基づくクリーチャーも、
いい意味での悪趣味な感じが貫かれていて、目を楽しませてくれる。
117分の割に、やや長めな感じもあるのだが、テンポそのものは悪くない。
平たくいえば、よくできた娯楽作品には仕上がっているのだ。


ただ、やはりギリアムには、ギリアムにしか撮れない作品を撮って欲しい。
それは映画ファンとしての切なる願いでもある。
次作「TIDELAND」は、ミッチ・カリン原作のダークファンタジー
ジェフ・ブリッジス、ジェニファー・ティリーあたりが出演するらしい。
ギリアムは脚本(脚色)も兼ねるというから、期待は大きい。
今回の「ブラザーズ・グリム」の興行的成功が、
ギリアムにとって製作上自由を得る追い風になることを祈りたい。
ま、こちらはただただ、心して待つしかないのだけれど…