東野圭吾「時生 (講談社文庫)」

mike-cat2005-11-05



トキオ」を文庫化にあたり、改題。
ううん、もとの題の方がいいのではないかい、とも思うのだが…
ハードカバーの時は微妙に食指が伸びず、見送ったのだが、
出先で手持ちの本を読み終わったので、大急ぎで購入する。
背表紙の〝ベストセラー作家の集大成作品〟というのはいまいち疑問だが、
もっと早く読んでおいてもよかったな、というくらいには面白かった。


不治の病という宿命を負って生まれてきた息子、
時生が〝その時〟を迎えようとしていた。
命の灯が消えようとしている息子に、宮本拓実の妻、麗子が問いかける。
「生まれてきてよかったと思ったことがあるかどうか。
 幸せだったかどうか。あたしたちを恨んでいなかったかどうか」
両手で顔を覆った妻に、拓実がある秘密を明かす。
「ずっと昔、俺はあいつに会っているんだ」
時生は、時間を越えて、若い時代の自分に会っていたのだった…


題材としてはタイムトラベルだけれども、
テイストとしては傑作「秘密 (文春文庫)」に近いかもしれない。
ある奇跡を通じて、失われた(失われつつある)メッセージに出逢う。
若い頃の自分と、現在の息子の邂逅が、感動を呼び起こす。
重松清でいえば「流星ワゴン (講談社文庫)」だが、あそこまでベタに〝泣かせ〟でもない。
多少ミステリーっぽいノリも交えて、東野圭吾流の〝泣かせ〟が描き出される。


ちなみに「流星ワゴン」は、
若い頃の父に自分が出逢う、というシチュエーションだったが、こちらは逆。
若い頃の無責任で投げやりな自分が、息子に説教される、というパターンだ。
こらえ性がなく仕事を転々、あげくはキャッチセールスにも手を染める。
かつての恋人を泣かす、みっともない姿を未来の息子にさらけ出すわけだ。
もっとも、本人はわかってない訳なのだが、それでも情けないのには変わりない。
そんな父・拓実が、未来の息子との邂逅で成長していく姿が描かれる。
これでいくと「バック・トゥ・ザ・フューチャー」にも通じる部分だ。


とまあ、これに似てる、あれに似てると書いてるが、
別にオリジナリティに欠けているわけではない。
やはり東野圭吾らしい、細やかな気遣いで、父・拓実の気持ちが描かれていく。
あくまで主人公は父・拓実であるので、
死にゆく側の時生の感情描写、というのはないのがやや残念だが、
それを描いたらまったく別の作品になってしまうので、しょうがないのだろう。
過去の世界で起こったエピソードがちょっと冗長で、涙が止まらない、
というほどの感動にはつながらないけれど、しみじみいい話だなとは思う。


4分の1の確率で、遺伝的に不治の病が発生する子どもを産むべきか、とか
どう考えても、答えが出ないような、難しい問題も提示される。
もちろん「生まれてきてよかったか?」の答えを出すのは、本人なので、
この作品の答え、つまり時生の答えは当然「はい」ではあるのだが、
現実に置き換えてみると、悩んでも悩んでも答えは出てこない。
そうした部分で、何とも言えない後味も残る。
純粋に〝エンタテイメント〟と言い切れない部分は、作者の意図なのだろうか。
スラスラ読めるけれど、いろいろ考えてしまう作品でもあったのだった。