山本幸久「凸凹デイズ」

mike-cat2005-11-03



東急世田谷線沿線を舞台にした人間模様を軽やかに描いた、
はなうた日和」の作者による新作長編。
〝恋愛じゃなく、友情じゃなく、仕事仲間。彼らがいつも、そばにいた。
 キュートでコミカル、ちょっとせつない−。オシゴト系長編小説〟
前作で見せた、独特の軽快なテンポそのままに語られるオシゴト物語だ。


広告デザインを手がける凹組は、
着流し姿の天才デザイナー黒川、繊細で丁寧な仕事が売り物の大滝、
そして新人デザイナーの凪海の3人で手がける零細事務所。
リニューアルを計画中の遊園地、慈極園のコンペをめぐり奮闘中。
凪海が子どもの頃に考案したキャラクター、デビゾーとオニノスケが、
イメージキャラクターに採用される見通しとなり、凪海のこころは浮き立つ。
しかし、このコンペに、かつて凹組の仲間だった醐宮が絡んできて、
雲行きは微妙に怪しくなってきた。
女だてらに事務所を立ち上げた、やり手の醐宮に、凪海は興味を覚えていく。


この小説の持ち味のひとつといえば、やはりキャラクター造型だろう。
天才デザイナーの黒川は、ある種超然とした存在感を醸し出し、
大崎は、本当にいい物がわかる程度には才能がある凡人の苦悩にあがき、
凪海は、新人ならではの柔らかな感性と、青くささという新鮮さが光る。
パッと聞いただけでは、比較的ありがちなキャラクターにも思えるが、
これが意外にそうでもない。むしろ、細かい点で個性が光るのだ。


たとえば、広告界の現状に、凪海が辟易する場面は、
いかにも青くさい〝若者〟らしい感想を持ってみたりする。
ある打ち合わせの風景を思い浮かべるシーンだ。
〝のっぺらぼうで、口元だけがうっすらと笑っているのがわかる
 幽霊のごとき背広姿のオヤジどもだった。
 マーケティング戦略だとか、リサーチの結果だとか、ユーザー本位だとか、
 キャラクタービジネスへの参入だとか、彼らが交わす会話が思いだされた。
 すべてが嘘臭く、うすっぺらだった。これが億の金が動くプロジェクトとはとても思えなかった。〟
確かにそうなんだが、世の中才能なんて、ごく限られているのである。
で、才能ある人だけで世の中は動いていかないのである。
だから、いろいろと理由づけをして、〝間違い〟があった場合の言い訳をひねり出す。
億の金が動くからこそ、そうした理由づけを必要とするのが社会の常なんだが、
そこらへんが、若さゆえの実直さも手伝って、凪海には見えてこない。


そんな凪海が単純明快かというと、そこからがこの小説の持ち味だ。
黒川、大崎を裏切って、業界でのさばる凹組のかつての紅一点、醐宮への感情だ。
〝嫌みな口調、居丈高な態度。
 部下のデザインを自分がやったと平然と口にし、女を武器に仕事を取ってくる狡猾さ。
 いやなところをあげればきりがない。〟
だが、凪海は、その醐宮とともに仕事をし、その姿に物思う。
〝わたしはこのひとが嫌いではない。頭にくることはあってもだ。〟
凪海は、醐宮とのつきあいを通じて、
1+1とかでは計算できない、複雑な感情を感じ始めるのだ。


黒川や大崎、醐宮らの十年前と合わせて描かれる物語は、
凪海の成長物語だけではなく、4人の成長物語でもある。
やや甘めではあるけど、気持ちのいい余韻を残してくれる。
例えるなら、荻原浩の「オロロ畑でつかまえて (集英社文庫)」あたりを、甘酸っぱくした感じ。
同じく広告関係、というあたりもリンクするし、
あのテイストがお好きな方なら、間違いなくハマる作品であること、請け合いだろう。