ロバート・J・ソウヤー「ヒューマン -人類- (ハヤカワ文庫 SF (1520))」

mike-cat2005-10-29



クロマニヨン人ではなく、ネアンデルタール人が進化した、
パラレルワールドの地球との遭遇を描いた、
ネアンデルタール・パララックス〟シリーズの第2弾。


並行宇宙からやってきたネアンデルタール人のポンターが、
今度はネアンデルタール人の特使として、〝グリクシン〟の世界を訪れた。
ふたつの文化、そして世界が、正面から向かい合うとき、様々な事件が起こる。
ポンターと、遺伝子学者メアリとの恋の行方は…


3部作の真ん中、というのは、どんなシリーズも難しい扱いになる。
スター・ウォーズ」シリーズなんかで見ると、
エピソード2(「クローンの攻撃」)でも、エピソード5(「帝国の逆襲」)でも、
ストーリー自体は、ある程度〝つなぎ〟的な部分は否定できない。
一作目で提示された設定をもとに、そのイメージを膨らませ、
完結編に向けての伏線を張り巡らせていく役割だ。
当然、ストーリーの何割かは〝つづく〟となり、結末は持ち越される。
ストーリーの完成度、という意味では、やはり中途半端になってしまう。


しかし、一方でその世界観の追求、という意味でいうと、
〝真ん中〟ほど有利な立場にあるものもない。
何しろ、基本的な設定は1編目で説明されているから、
余計な説明もなく本題に入っていけるし、
かといって、1編目ほど作品にまとまりが必要なわけでもない。
その上、完結編のように、過去2作との整合性を考慮に入れながら、
膨れ上がった物語のまとめをしていかなければいけない、という制約もない。
つまり、ストーリーに縛られない分、自由度の高さがあるのだ。


たとえば、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」だ。
あのパート2は、第1作の裏舞台、みたいなのを描き出して
徹底的なパロディとして、贅を尽くした遊びをしたあげく、
肝心なストーリーの総まとめはパート3にお任せ、というおいしい作品だった。
もちろん、単独では成立し得ず、
あくまで3部作の中編、としてしか評価できない作品ではあるのだが、
あの「バック・トゥ〜」の遊びがもっとも効いた一編として、
個人的には、とても好きな作品であったりもしたのだ。
スターウォーズの「帝国の逆襲」なんかも然り。
まあ、「クローンの攻撃」みたいに、
一番退屈である場合もあるから(あくまで個人的な意見)、一概にはいえないけれど…。


というわけで、前置きが長くなったが、この「ヒューマン」にも近い部分があるかと。
前作「ホミニッド-原人 (ハヤカワ文庫SF)」で提示されたさまざまな設定が、
もっと掘り下げられ、そして具体的な形で描写されていく。
物語の縦軸は、ポンターとメアリの恋愛ロマンスであり、
前作でメアリが巻き込まれた事件の解決、というミステリーでもあるのだが、
その持ち味はやはり、横軸であるネアンデルタール世界の描写である。


興味深かったのは、理想郷のような世界を構築したネアンデルタール人の世界でも、
やはり、他人の暮らし、というやつは気になるものらしい、ということ。
ネアンデルタール人が必ず装着する〝コンパニオン・インプラント〟の一機能として、
各自の行動を完全に記録し、センターに送信する
(犯罪をのぞいては、プライバシーは守られる)というのがあるのだが、
それによって、ネアンデルタール人の世界には犯罪はほとんどなくなっている。
それでも、〝見聞人〟という、メディアの役割を果たす人々によって、
様々な〝噂〟や情報は、広く世の中に知らしめられる。
われわれの世界のニュースでもっとも多くの割合を占める、犯罪などはないのに、
〝それでも、この世界の人びとは同じくらい貪欲に情報を求めていた。
 まえに読んだことがあるのだが、噂話というやつには、
 ほかの霊長類の毛づくろいと同じように、おたがいの結びつきを深める働きがあるらしい〟
まあ、あくまで想像の世界ではあるのだが、けっこう「なるほどね」と唸らせるものがある。


また、〝グリクシン〟の世界を再訪したポンターに、
カナダ政府が押しつけるように市民権を与える部分の描写も、なかなか興味深い。
ポンターたちには〝あらゆる手続きの煩雑さ〟を避けるため、と説明されるのだが、
どこか各国間のエゴみたいなのも見え隠れして、面白い。
当然、アメリカなんてのはいろいろとちょっかいを出したがるし、
ポンターたちから見ればナンセンスそのものの、国連もいろいろ関わってくる。
こうした一連の出来事から、
〝国家〟というものを根源から再考する、思考的な試みが提示されるのだ。


当然そういった文脈の中で、戦争も語られるし、農業社会の弊害、というのも語られる。
これも、「おお、そういう風にも考えられるのか」と、目が覚めるような議論が提示される。
農業社会が、人口過剰を生み出し、奴隷制度を生み出し、土地を、そして環境を破壊する…
狩猟社会がそのまま発展した、ネアンデルタール人の世界との対比は、
もちろん想像の世界ではあるのだが、とても刺激的だ。
ヨーロッパ人至上主義に対する強烈な批判なども織り込まれていて、これまた興味深い。


このほかにも挙げだしたらキリがないくらい、〝面白い〟発想が詰まった作品だ。
最初に述べた通りに、展開そのものだけをみれば、そう大きな動きがあるわけではない。
もちろん、いろいろな事件は起こるのだが、
その結末、というのはほとんどが完結編に持ち越し、といった印象が強い。
だが、その〝途中経過〟感を考慮に入れても、
やはりとても楽しめる作品、というか傑作であることは間違いない
そして、読み終えた今、「ハイブリッド―新種 (ハヤカワ文庫SF)」のタイトルが示す通りの、
完結編の展開が、もう楽しみで仕方がないのである。
しかし、ここでまた僕はミスを犯してしまった。
何と、完結編を持たずに外出してしまったのだ。
「ヒューマン」が200ページくらい残っていたから、という理由で…
ああ、何と学習能力がないことよ…、とまた嘆きながら、
帰宅までの時間を悶々と過ごすだけなのだった。