T・ジェファーソン・パーカー「カリフォルニア・ガール (ハヤカワ・ノヴェルズ)」

mike-cat2005-10-18



あの傑作「サイレント・ジョー (ハヤカワ・ノヴェルズ)」に続く、
2度目のエドガー賞アメリカ探偵作家クラブ賞)受賞作品。
舞台は1960年代のカリフォルニア州オレンジ・カウンティ
若い女性の惨殺事件を軸に、ある家族のドラマと移ろいゆくアメリカの姿を描く。
オレンジ・カウンティといえば、アナハイムのディズニーランドなどが有名だが、
その名の由来通り、かつては一面のオレンジ畑が広がっていた地域。
「オレンジ・ステート」フロリダ州に、オレンジ産業の本場が移り、
地域そのものが変質していく時代のカリフォルニアが、叙情たっぷりに映し出される。


1968年、オレンジ郡の都市タスティン。
オレンジの出荷工場の廃屋で、若い女性の死体が見つかった。
胴体から首を切り離されたその女性は、
刑事のニック、作家志望のアンディらベッカー兄弟が幼いころから知るジャニルだった。
オレンジの箱のラベルに描かれた〝カリフォルニア・ガール〟そのままの風貌で、
ミス・タスティンにも選ばれたジャニルは、いくつもの秘密を抱えていた。
事件の真相を追うベッカー兄弟は、次第にその闇に引き込まれていく−。


物語は、少年時代のニックやアンディたちが、ジャニル・ヴォンと
初めての出逢うオレンジ工場の廃屋の場面から、
思わぬ再会を果たす時までの、ベッカー家、ヴォン家の様々な事件を丹念に描く。
牧師の道を歩んだ長男デイヴィット、刑事となったニック、
CIAの一員としてベトナムに出向いたクレイ、作家を目指し地元紙に務めるアンディ。
そこには兄弟の歴史があり、変わりゆくオレンジ郡の姿があり、
ベトナム戦争が泥沼化していく時代のアメリカの苦悩がある。
それは、ニックらが事件の真相を追う中でも、同様だ。
フーダニット的な部分は、物語を転がす縦軸でしかない。
ジャニル殺人事件が物語るのは、ある意味、その時代のアメリカの一断面だ。


当時の時代を感じさせるような登場人物たちも興味深い。
地元出身の元大統領リチャード・ニクソン
シャロン・テート事件で世間を震え上がらせたチャールズ・マンソン
LSDなどのドラッグカルチャーの象徴的な存在、ティモシー・リアリー
同時代を生きた人間にはもちろん、間接的にしか知らない人間でも、
思わずむむむ、と思わせるような実在の人物が、事件を彩る。
ジョー・R・ランズデールの「ダークライン (Hayakawa novels)」「ボトムズ (ハヤカワ・ノヴェルズ)」や、
ロバート・R・マキャモンの「少年時代〈上〉 (ヴィレッジブックス)」「少年時代〈下〉 (ヴィレッジブックス)」のような、
〝少年時代を過ごした南部〟とは雰囲気こそ違えど、
ある種独特の郷愁のようなものを感じさせる部分は、共通している。


謎解き、という部分では、
かなり容易に真犯人が割れてしまうのがもったいない気もするが、
その真相になかなか近づかないニックらに対するもどかしさも、
小説のスパイスのような機能を果たしていたりする。
聖人君子とは違うデイヴィットやニック、アンディの人間的な魅力に加え、
物言えないジャニルもまた、どこか読者を惹きつけて止まない味わいを醸し出す。
もちろん、もっとも匂い立つようなテイストといえば、
あの時代を貫く哀しみ、のようなものなので、爽快感はあまりない。
残るのは、どよんとした余韻、そして割り切れない思い…
しかし、決して忘れられない物語が、こころに刻まれる。
パーカーの作品でいえば、「サイレント・ジョー」には及ばないまでも、
代表作のひとつとして、間違いなく語り継がれるであろう作品だと思う。