桜庭一樹「少女には向かない職業 (ミステリ・フロンティア)」

mike-cat2005-10-12



そこら中の書店の平積みでやたら目に焼きつく、青い空と白い雲。
何か気になる、東京創元社ミステリ・フロンティアの新刊だ。
オビは
〝あたし、大西葵13歳は、中学2年生の1年間で、人をふたり殺した〟
なかなか、穏やかじゃない。
しかし、どこか漂う青春メモリー的雰囲気−。
「こういうのは、当たると大当たりだよ」なんて期待を抱きつつ、本を広げる。


下関市の島に住む13歳、大西葵の毎日は、楽しくって切ない。
学校では教師にネタにされやすいお調子者の女のコ、
家ではろくでなしの義父と自分勝手な母に悩む寡黙な少女。
そんな大西葵の日常は、〝さつじんしゃ〟宮之下静香との出逢いで一変する。
「用意するものはすりこぎと菜種油です」
「用意するものは冷凍マグロと噂好きのおばさんです」
そんな静香の言葉に踊らされ、葵は少女には向かない職業に手を染める。


設定がうまいと思う。〝少女+殺人〟だったら、
まるまる都会、もしくは郊外のベッドタウンというのが通り相場だろう。
それが、下関の島。割と大きい、人口2万人の島というのが絶妙だ。
いわゆるデートスポット、がマクドナルドだったりして、ほほ笑ましいことこの上ないのだ。
そんな土地でも、少女の悩みはやっぱり同じだ。
友だち付き合い、そして家族。
思春期に特有の、世の中への違和感を抱きつつ、溶け込もうと模索する。
この舞台設定とキャラクター設定に、殺人を組み合わせた時点で、
ほぼこの小説の勝ちは決まった、という感じだ、って、勝ち負けじゃないんだが…
鬱屈した感情を処理しきれない少女が、
その感情を黒い形で表現できる少女に出逢う。
〝残虐な少女〟という図式は、過去にも様々な小説、映画で描かれてきたが、
それをとても現代日本の田舎、という舞台で描いてみると、とても新鮮に映る。


葵をそそのかす、宮之下静香もなかなか悪くない。
学校では存在感のない、図書委員のおかっぱ少女。
だが、その仮の姿に隠された、黒い一面が、葵を強く惹きつける。
友だちとの諍いで、感情を処理しきれなくなった葵が、
ある事件を目撃して、不思議なくらいに落ち着きを取り戻す。
その様子を見て、静香が尋ねる。
「気は晴れた?」
「うん………なんでだろ」と惑う葵にこう言い放つのだ。
「不幸なものを、見れたからでしょ」
誰もが表向き否定しつつ、こころの奥底で認めざるを得ない、世の真理。
13歳の黒くも真っすぐな魂は、傲慢なまでに容赦なく、その真髄を突くのだ。


そしてその後のふたりがたどる道は、残酷にして切ない。
閉塞感に苦しむ13歳の魂が、ようやく見つけた出口には、
決して許されない手段でしか、たどり着くことができなかったのだ。
恵まれた現代での日本での話だ。「そうするしかなかった」時代・場所の話ではない。
だが、それでも葵たちはその道をたどるしかなかったのだ。
しかし、そんな追いつめられた感情を描く文体は、どこかポップだ。
アニメチックで、どこか大時代的な感触でもあるのだが、その軽さと大袈裟さが、
かえって葵たちの切ない感情を、うまく描き出しているような気がする。


結末には、「これ、でいいのかな?」という思いが、湧かなくもない。
もう少し、違う方向での解決、終着もアリじゃなかったかな、とは感じられた。
かといって、このラストが示唆するものも、こころには強く伝わってくる。
軽く読めるし、あっという間に読み終わる本だが、とても力強い余韻が残る。
いくつか気になる点はありつつも、読み応え十分な、いい作品だと思う。
また読んでみたい、と思える作家に出会えたな、と満足感に浸りながら、本を閉じた。