レイ・ブラッドベリ「さよなら、コンスタンス」

mike-cat2005-10-09



実はブラッドベリ初挑戦だったりする。
火星年代記 (ハヤカワ文庫 NV 114)」も「華氏451度 (ハヤカワ文庫 NV 106)」も読んだことない。
思わずそそるオビの惹句に、そのまんま食いついた。
〝ファンタジーの抒情詩人、ブラッドベリの最新長編〟
〝死者の名を刻む手帳。失踪した女優。連続する謎の死。
 隠棲する新聞招集家。闇に閉ざされた映画館の小部屋。嘆く神父。
 雨に沈む納骨堂。街の地下を吹き抜ける雨の匂い。さまよう探偵小説家。
 夜の叙情と都市への憂愁をこめて巨匠が贈る最新長編小説〟


ストーリーもだいたいこんな感じだ。
舞台は1960年代のカリフォルニア州ヴェニス
〝私〟は、若きブラッドベリを思わせる探偵小説家。
ある嵐の夜、〝私〟のもとを往年のハリウッド女優コンスタンスが訪れる。
死神から逃げてきた、というコンスタンスが差し出したのは、古い電話帳と住所録。
載っている人は、ほとんどがもうあの世に行ってしまった〝死者の書〟だった。
しかし、コンスタンスは、死神から救って欲しい、と言い残したまま、失踪する。
死者の書〟にしたがい、コンスタンスの行方を追う〝私〟。
捜索の先々で出会うのは、どうにも奇妙な人間ばかりだった−。


実はこの作品、「死ぬときはひとりぼっち」「黄泉からの旅人 (Mystery paperbacks)」に続く、
ハードボイルド3部作の完結編に当たるという。
前2作はともに絶版。近く文藝春秋から復刊されるらしい。
まあ、そんなわけで完結編だから、あまり背景説明というのはない。
わたしが探偵小説家、というのも本編だけからではなかなかよくつかめないし、
コンスタンスをはじめ、クラムリーだの、フリッツだの、という登場人物たちも、
かなり唐突に登場する感じは否めない。「えっ、誰?」みたいな感じだ。
そこらへん、いわゆるエンタテイメント系作家のようにさりげなく説明をするということはない。
巨匠の3部作完結編だから、まあ、よけいな説明は野暮ということだろう。


というわけで、ミステリーとも、ハードボイルドとも、ファンタジーとも、
何ともつかみどころのないこの小説の雰囲気をつかむのにもとても苦労した。
舞台がLA近郊ということで、ジェイムズ・エルロイっぽいのをイメージしていた。
そのせいもあって、最初は戸惑うばかり。
会話もどこかぶっ飛んでいて、頭に入ってこない。
正直言って、読み終わったいまでもストーリーそのものは、いまだによくわからない。
ファンタジー的要素がやはり強いのだろう。
そのつかみどころのない会話、何気ない場面に、
何かの寓意が織り込まれているのだろうと思うのだが、どうも理解するには至らなかった。


だが、なのだ。
オビの惹句通りの叙情的な雰囲気、古きよき時代のハリウッドへのオマージュなど、
この小説は、どこか読ませるのだ。
よくわからないままなのに、引き込まれる感覚。
それは、ブラッドベリのファンでも何でもない僕にすら、伝わってくる。
序盤から引用する。
〝あらゆる物事は夜陰に乗じて起こるのが常だ。真っ昼間には何も起こらない。
 太陽が明るすぎるて、影は身を忍ばせている。空が焼けつき、何ひとつ動かない。
 日差しにさらされているうちは楽しみもない。
 楽しみがもたらされるのは、木の下の影がスカートを持ちあげて滑りはじめる真夜中だ。
 風が吹く。木の葉が散る。横木や床板がきしむ。
 墓石に刻まれた天使の翼から塵が降る。影はカラスさながらに舞いあがる。
 夜明け前には街灯も消え、街はつかの間の闇に沈む〟
まるで詩のような、導入。そして、こう続く。
〝すべてのミステリーがはじまり、すべての冒険が根づくのはこのときだ。〟
何だか、これだけでゾクゾクしてきてしまう。
得体の知れない何かが、そこらへんをはいずり回っているような、不思議な感覚だ。


探偵小説家の〝私〟も謎めいた存在だ。
名前も秘密。容姿も謎だ。
どうしてこんなことに巻き込まれていくかも、どこか謎めいている。
〝私〟がみずからの容貌を説明する場面がある。
「ぼくは鏡を見ても、自分自身を捕まえることができません。
 表情をとらえおうとしても、みるみる変わっていくんです。
 少年イエスとチンギス・ハンが混じり合ってる。
 そのせいで、まわりの人たちは無性に腹が立つらしいですよ」
それに対し、神父がこう答える。
「頭の弱い才人、といったところですかね」
わかったような、わからないような、これまた不思議な感覚に包まれるのだ。


結局のところ、何ひとつ分からないまま、
本を読み終えてしまうことになるのだが、それが別にそう悪くない。
また1作目から読み直して、ブラッドベリの何たるかも理解した上で読めば、
もっと見えてくる部分もあるのだろうが、これはこれでなかなか楽しめるのだ。
キツネにつままれた、というのか、浮遊感というのか、何とも説明しにくい感覚だ。
これをもって、面白い、と無責任に言ってしまうわけにはいかないが、
読んだ後もずっと、気になってしまう作品ではある。
読むのにかなり集中力を要するので、
1作目、2作目の刊行後もすぐに読むかどうか、微妙な面もあるが、
いつかきっちり頭が働くときに、もっと気合いを入れて読んでみたい。
やや疲れ気味の今日この頃だと、この程度の理解がどうも精いっぱいかもしれない。
うん、つくづくファンタジーって読者を選ぶな…、と勝手に納得してみるのだった。