マヌエル・ムヒカ=ライネス「七悪魔の旅」

mike-cat2005-09-30



「地獄の大魔王に叱責され
 七つの大罪を担う悪魔たちは
 獲物を探して 時空を超える旅に出た」
オビがとても端的に、そして正確にストーリーを語っている。
地獄でだらだらと過ごしている悪魔の盟主たちに、大魔王がハッパをかける。
地獄に魂が足りないので、地上の人間を堕落させてこい。
かくして、悪魔たちはブツブツ文句を言いながらも、世界を駆け抜ける。


倨傲の悪魔、ルシフェルは、ジャンヌダルクゆかりの青髭男爵の未亡人を、
貪欲の悪魔、マンモンは、ウェスウィオ火山噴火前の古代ポンペイ市民を、
嫉妬の悪魔、レヴィヤタンは、四億人の臣下を従える大清帝国西太后を、
暴食の悪魔、ベルゼブルは、守護天使に守られたボリビアポトシの聖者を、
憤怒の悪魔、サタンは、貪婪に爛れた18世紀ヴェネツィア共和国の執事を、
淫乱の悪魔、アスモスデウスは、「宝島」の世界のマルタ騎士団の総督を、
怠惰の悪魔、ベルフェゴールは、23世紀のシベリア計画都市の工場労働者を…


プロットに関しては、文句なし、といっていい。
キリスト教七つの大罪、といえば、
デービッド・フィンチャー×ブラッド・ピット「セブン」が思い出されるが、
小説や物語の題材として、これだけ面白いものもそうないのではないだろうか。
「セブン」では、七つの大罪をなぞらえた連続殺人事件が扱われたが、
こちらはもっとすごいことになっている。
何せ、大魔王に叱られた悪魔たちが、人間を堕落させるために手を尽くすのだ。
まあ、よくぞこんなプロットを思いつくものだ、とただただ感心してしまう。


で、この作品は、そんな題材をパロディっぽく扱った小説。
大魔王や悪魔は出てくるが、さしてシリアスな展開にはならない。
何せ、大魔王を始めとする悪魔たちが、とにかく俗っぽいのだ。
七つの大罪だって、悪魔たちが定めたものではない。
大魔王は、主要な罪を分類した、人間の本をそのまんまパクる。
ペーター・ビンスフェルトの「魔法使いと魔女の信条の小冊子」から、だ。
で、分類を読み上げると、こう絶賛し、さらに指摘する。
「素晴らしい。彼は悪魔たちのことをよく知っていたとだれもが思うだろう?
 それらのものたちの性質や嗜好を正確に言い当てているからだ。
 どうやってわかったのか? だれが吹き込んだのか? 漏洩?」
大魔王のくせに、やたらと細かい。上に立つだけの器があるのか、思わず失笑してしまう。


そんな大魔王の臣下だから、悪魔の盟主たちもあんまり迫力がない。
とにかく俗っぽさにまみれた悪魔たちは、
だらだらと時間を過ごし、大魔王のスパイにさらに厳しい叱責を受けてみたり、
記録を残すための〝日本製カメラ〟に向かって、とびっきりのポーズを取ってみたりする。
その上、サタンあたりが「ルシフェルの写真ばかりが多い」だの、
「わたしの写真はピンボケ」だの、こまかいことでグチグチと文句を垂れる。
かと思えば、ゼウスがプロメーテウスに与えた責め苦を見て、批判をもらす。
「神々の父は、我々の神々とは異なって、想像力に乏しい」
かと思えば、手下の悪魔たちに反乱を起こされたりもする。
乗り物に使っているセイレーンが、扱いのひどさに憤慨し、こう言い放つ。
「私たちは、権利を守るために労働組合を作ることにしましたの」
まあ、こんな感じで、とことんパロディに徹したつくりになっている。


と、こう書いていると、まるで最高に面白い本に思えてくるのだが、
実際読んでみると、これがまた微妙にノレない。正直、内容が頭に入ってこない部分も多い。
もちろん、僕に歴史だとか、神学に対する素養が
かなり不足しているから、というのが、最大の理由であることはわかる。
わかるのだが、それにしても、読んでいて退屈なのだ。
人間を堕落させていく部分のディテイル描写が、冗長なのに説得力に欠けるからだ。
もしかしたら、そこを理解できないのは、それこそ素養の不足が原因なのかもしれないが、
やはり、あまりハラハラするようなドラマも感じなければ、思わずニヤリとするような趣向もない。
せっかくのプロットの素晴らしさが、全然活きていないような気がするのだ。


可能なら、プロットだけ拝借して、誰かリライトしてくれないかな、というのが率直な感想だ。
もしくは、映画化でもいい。
こんな面白い発想を、このままで終わらせるのは惜しくて仕方がない。
もちろん、読む側の能力にも問題があるのだから、
もっと一般向けにエンタテイメント性を高めた作品にリライトして欲しい、と言い換えてもいい。
勝手気ままにこんなことを考えてしまった。
ところで、こういう自分を棚に上げた身勝手は、倨傲あたりに分類されるのだろうか。
そうやって、自分が関わりそうな大罪を考えると、空恐ろしくなる。
倨傲に暴食、憤怒に怠惰、淫乱は… どうかな… ああ、また関係のない話になってしまった。