アラン・エミンズ「死体まわりのビジネス-実録●犯罪現場清掃会社」

mike-cat2005-09-18



〝浴室一面に広がる血糊、壁に張りついた脳みそ、飛び散った頭蓋骨、
 ソファに染みこんだ腐った体液、ハエの大群と蠢くうじ虫、
 道路に点在するピューレ状の肉体、腐敗臭を放つゴミ屋敷……。〟
こんなオビを見て、その本を買うなんて、どうかしてる。
そう指摘されても、まあ仕方がないくらい、悪趣味な本ではある。
まあ、それは分かりきってはいるのだが、
このおぞましくも哀しい、その死体の始末を〝誰かがしている〟のも事実なのだ。
忌み嫌われる職業、というのは様々あるが、これほど忌避されるような商売もそうはない。
なら、読んでみるのも一興じゃないの? そう思って手に取ってみた。


原題は〝MOP MEN〟
英国出身、コペンハーゲン在住のフリー・ジャーナリストによる、タイトル通りのルポだ。
主役は、サンフランシスコのベイエリア
「犯罪現場清掃会社」を経営するニール・スミザー。
彼の仕事は、「殺人から自殺、事故死」まで、ありとあらゆる死の現場を清掃する。
いわく
「死んだ人間の親より、俺がやる方がいいのさ。
 親だって、砕けた頭蓋骨のかけらを四つん這いになって集めたくないだろうからな。
 かわいいジョニー坊やがコカイン・パイプを吸って一二口径を口に突っ込んだ。
 その直後に壁にくっついた脳みそをごしごし洗い落とすなんて耐えられないだろ?」


壁一面に、血と脳みそと頭蓋骨の欠片を撒き散らした散弾銃自殺による死体、
〝悪臭の大噴火〟をもたらす、茶色い液体状になった腐乱死体、
体液とうじとハエの糞で、浴槽を埋め尽くした変死体などなど、
ニールのモップが手がける死体の悲惨な様は、想像を絶する。
この〝想像を絶する〟という言葉、これほどふさわしい運用は珍しいんじゃないだろうか。
うじ虫の活動についての、詳細な描写の部分なんかは、
ハエという生物の優れた特性みたいなのが伝わってくるけど、
その屍肉をむさぼる様子というのは、案外リアルには想像できないのだ。
読みながら、「セブン」みたいな、
ありとあらゆる映画の場面を思い出したりもするのだが、全然足りない。
もちろん、〝臭〟という概念が不足しているせいもあるんだが、
あまりに描写が凄すぎて、どれほど〝実際に〟すごいのか、
こちらの想像力が追いつかないのだ。
もちろん、脳みそ(僕の、ね)が勝手に、
想像にリミッターをかけている部分もあるのだろうが…


で、ニールがこの商売を思いついたきっかけというのを読んで、
「おう、そうだ!」と納得する。
パルプ・フィクション」だ。
〝死体清掃〟と聞いて、すぐ思い出したヒトもいるだろう。
あのハーヴェイ・カイテル演じるウルフだ。
ジョン・トラヴォルタサミュエル・L・ジャクソンが、
車内で銃を暴発させ、頭を吹き飛ばしてしまった後の場面。
えらく冷静に事態に対処する、そのウルフの仕事ぶりに、ヒントを得たのだという。
いや、商売で成功する人ってのは、つくづく凄い。ふつう思いつかないだろ、そこから…


とはいえ、そのニールの仕事ぶりは、ウルフ=カイテルのように寡黙とはいえない。
殺人課の警官よろしく、シニカルで辛辣なジョークを口にしながら、〝それ〟を洗う。
葬儀関係者のような、神妙さとはまったく違う。
むしろ、死体に対する冒涜と取る向きもあるだろう。
しかし、通常の許容レベルを越えた状況には、
自己防衛のためのシニカルな態度はやはり有効だ。


だが、それ以上にニールの態度は徹底している。
特に自殺者(病気を苦にした老齢者の自殺などはのぞく)に対しては辛辣だ。
「俺はこんなクズ野郎のこと、何とも思っちゃいない。
 自殺するような奴は、弱虫で自己中心的なクズ野郎だ。俺の言うことわかるか?
 後に残された親父やお袋が、
 あちこち駆けずり回って後始末させられるようなことを考えもしない」
確かに、ニールのいう通りだ。
自宅で死んで家族に、というならまだし(まだしも、じゃない?)も、
電車への飛び込み自殺やホテルなどでの自殺で、関係のない人間にその後始末をさせる。
なんてセルフィッシュな行動なのだろうか。
死体のグチャグチャなんて、
掃除するいわれがないヒトが、意志に反して始末をさせられる。
電車なんか、本当にすごいらしい。もう、ユッケとか絶対に食べられないと聞く。
別にユッケはどうでもいいとしても、
その行動が招く〝結果〟を考えれば、やはり一部の自殺は、とても許される行動ではない。
ニールのその辛辣な態度も、別に不自然ではないのだ。


本は一冊すべてを、そのとんでもない死体の例で埋め尽くしているわけではない。
それはそれで耐えられない気もするのだが、
ある事件の裁判などを取り上げ、
だらだらとした記述が続いている後半部分はちょっと退屈。
前半のインパクトだけでも読む価値はあるのだが、
一冊の本としてはまとまりに欠けるような、もの足りない部分もある。
ただ、知らない世界を垣間見る、という意味では文句なしの逸品。
パラパラめくるだけでも、
自分の人生観に何らかの影響を及ぼしそうな、すごい本であることは、間違いない。
でも、読むべき、とは言わないかな。だって、吐いちゃったら責任持てないので…