クリントン・マッキンジー「コロラドの血戦 (新潮文庫)」

mike-cat2005-09-17



続編「絶壁の死角 (新潮文庫)」のオビにある、北上次郎の惹句が気にかかり、
まずは最初の作品から、と思い、読み始めた。
表紙もイケてないし、〝血戦〟の邦題もやや微妙なため、
「絶壁の死角」のオビを見なければ、読むことはなかっただろうな、という一冊だ。


豊かな自然を誇る、コロラド州のワイルド・ファイア・ヴァレー。
断絶の危機にある親子・兄弟関係の修復のため、当地を訪れていた
ワイオミング州の麻薬捜査官アントンらは、
司法、警察を含めて地域を取り込んだ地元の資産家と、活動家の諍いに巻き込まれる。
そして起こった、不正取引による土地の売買をめぐる、活動家惨殺事件。
あらぬ疑いで拘留されたのは、アントンの破天荒な兄ロベルト。
謎を抱える美女キム、クマのような愛犬オソとともに、アントンたちの逆襲が始まる。


先日このブログでも書いたが、面白い。ただし〝けっこう〟の形容詞をつけて、だ。
例えるなら、平均的なハリウッド・アクションといったところか。
500ページ余がスラスラと読み終わるし、読んでいる間はそこそこハラハラする。
しかし、終わってみると何も残らない。
むしろ、「あの展開は、ちょっとな…」と思わせるような、安直なご都合主義が目につく。
かといって、「つまらなかったの?」と訊かれると、「いや、面白かったけどね…」と答えるしかない。
そんな微妙なセンというか、
いや、内容は全然微妙ではないんだが、何ともいえない出来の小説だったりする。


キャラクターは魅力的だ。
アルゼンチンの陸上選手の母と、空軍パラシュート部隊の大佐である父の間に産まれた兄弟。
兄ロベルトは奔放。自殺衝動を噂されるほど命知らずのフリークライマーだ。
〝強度の活動過剰からさまざまな反社会的神経症まで、
 幼少期から十を超える種類の異常があると診断〟されてきたという、いわくつきの人物。
母いわく「デストライヤド(解き放たれた)」な存在だ。
現在は薬物乱用のため、キャリアのみならず、人生の危機に瀕している。
女性、子ども、動物をいじめる奴には容赦がない。
報いを受けるべきやつは、法律を越えたレベルで痛めつける。
映画の中ではヒーローでも、現実社会では危険人物に当たる。(といっても小説の人物だが)


弟で主人公のアントンは、その正義のこころは燃やしつつも、行為の結果を見てしまう。
法の正義を信じていないが、法を乗りこえてまで行う正義には、多少ためらいがある。
いうなれば、ロベルトと比べると、境界線を越える〝沸点〟はだいぶ高い、というところ。
一度沸点を越えれば、大爆発もするが、ふだんは比較的くよくよ、という比較的等身大の人物だ。
法と正義に恋愛に、さまざまな悩みを抱え、葛藤するあたりの描写もなかなか悪くない。
ロベルトのような、いわゆるヒーローとは違う、人間的魅力を放つ人物だ。


そして、やや反則気味のキャラクターが、犬のオソだろう。
かつて虐待を受けていたところを、アントンが身を呈して守った犬。
ほかの人間に対する警戒心をいまだ解けずにいるが、心優しい女性にはからっきし弱い。
凄惨な過去を考慮に入れなければ、まあ通り一遍の犬キャラではあるのだが、
たかが動物ではない、という作者の、
〝犬(動物)至上主義〟が端々に感じられるため、その魅力はだいぶ割り増しされている。


ヒロインのキムも、アントンより9歳上の自称年増だったりするのだが、
バイタリティ溢れる、魅力的な女性として描かれている。
一方で弱さも見せ、秘密に触れられることを恐れるなどなど、人間性描写は抱負だ。
複雑な過去を持つという意味では、
ロベルトとの微妙な関係に悩む父=大佐も同じく。
軍人という立場と、奔放に過ぎるロベルトとの親子関係に悩む姿が、とても硬質な形で描かれる。


こうした魅力的なキャラクターを誇る一方で、ストーリーはかなり単純だ。
その展開に関しては、安直に過ぎる、という表現を使ってもいいだろう。
然るべき時に、然るべきことが起こる。それも偶然に。
クライマックスも含めて、「それはないだろう」と突っ込みを入れだしたら、きりがない。
悪役のスケールの小ささも気になるところだ。
もう少し、憎たらしくしてくれないと、正直もの足りない。
もちろん「こんな奴、殺してしまえ」というレベルの悪事は働いているのだが、
それが徹底されていないのが痛い。策略もたいしたことないし、行動もへなちょこ。
気の毒とも思わないが、悪に対する怒りの方も、たいして燃えてこない。
よって、このご都合主義と悪の小さいスケールが災いし、
最終的にはわれらがヒーローも何となく卑小下されてしまう、という哀しい事態になる。


途中まで快調そのものだったテンポも、終盤にきて減速気味なのもマイナス。
こういう小説、最後の数十ページは、たとえ電車を乗り過ごそうが、
翌日の朝に差し支えようが、夕飯の魚が焼き上がろうが何だろうが、
読み切ってしまいたくなるものだが、
この作品は「ちょっと置いてもいいや」という程度の緊迫感しかもたらさない。
ご都合主義も終盤に差しかかるに連れヒートアップするため、
ここまでの興奮は何だったの、という醒めた部分も抱えてのクライマックスとなる。


読んで面白くないわけでは、決してないのだ。むしろ大別すれば間違いなく〝面白い〟。
だけど、あげても評価は〝良〟どまり。
キャラクターの好き嫌い、犬に対する考え方など、
違うヒトが読めば、〝可もなく不可もなく〟にもなるだろうと思う。


訳者後書きによれば、続編ではわれらがクマ犬、オソがもっと活躍をするらしい。
犬と聞けば、マキャモン「ウォッチャーズ〈上〉 (文春文庫)」「 ウォッチャーズ〈下〉 (文春文庫)」に、
とめどもなく涙を流して泣いた僕としては、放っておくワケにはいかない。
偉そうにいうなら「絶壁の死角」で追試しようかな、という感じ。
せめて文句なしの〝良〟であって欲しい、と期待を込め、次作に臨みたい。
いや、ほんと偉そうな事書いてるな、とは思うけど、読者の特権ということで♪