畠中恵「おまけのこ しゃばけシリーズ 4」。

mike-cat2005-08-20



虚弱体質の若だんなと、妖(あやし)の手代たちとともに難事件に挑む、
しゃばけ」シリーズ・待望の最新作第4弾、だ。
前作「ねこのばば しゃばけシリーズ 3」から、もう1年以上経っていたとは、けっこう意外。


廻船問屋兼薬種問屋「長崎屋」の一粒種、一太郎は、「超」がつくほどの虚弱体質。
一年のほとんどを寝込んで過ごす若だんなだが、頭の方はかなりの切れ者だ。
大妖を祖母に持つ若だんなは、実は妖の血筋を引くサラブレット。
きょうも長崎屋の手代に化けた妖の兄やたちや、屏風のぞき、小鬼の鳴家(やなり)と、
お江戸の事件に立ち向かっていく…


オビは
「鳴家が迷子? そのうえ若だんなが吉原の娘と駆け落ちだって? そ、そりゃ大変だっ!」
もうこれを読んでいると、すっかり固定読者向けの安定感が感じられる。
ただ、確かに新鮮さ、斬新さ、といったあたりは、だいぶ薄れたが、
かわいらしさが引き立つ各登場人物たちのキャラクター設定も、
すっかりお馴染みとなっただけに、いい意味で、マンネリならでは、の楽しさが味わえる。


このシリーズ、基本的には、ほのぼの&ライト謎解きの線なのだが、
今回冒頭を飾る「こわい」は、ちょっと切ない系だ。
登場する妖は〝狐者異(こわい)〟。
〝妖であるから、狐者異は平素、人とはまじわらない。
 だが己と同じ妖にも受け入れられない。
 狐者異は狐者異として生まれた初めから、その存在そのものが、他の者からはじき出されていたのだ。〟
そう、理由もなく社会のすべてから疎外された妖が、この章の主役となる。
〝仏すらも狐者異を厭い、恐れたまうという。
 かほどの方にまで嫌われれば、この世に身の置き所もない。
 何故に狐者異一人のみ、こうもあさましい身の上なのか。
 憤り、誰ぞにわけを答えて欲しいと願うが、訪ねる相手すらまた、狐者異は持たなかった。〟


「早く人間になりたい!」の決めぜりふで、
カルト人気を誇る「妖怪人間ベム」だって、こうも仲間外れじゃなかったはずだ。
そんな孤独な狐者異が巻き起こす事件に、若だんなたちが巻き込まれ…、という設定。
ある意味、世の中の矛盾や、不条理をそのまんま描き出したような、
いかにも時代小説ならでは、のお話でもある。
事件は解決されるが、狐者異の置かれた境遇は、何ら変わらないまま、今後に含みを残す。
たぶん、そのうち再び登場するのだろうけど、読後感はとにかく切ない。


「畳紙(たとうがみ)」は、厚化粧の中にこころを閉ざしたお雛の話だ。
紅白粉問屋、一色屋の娘お雛は、早くに両親を亡くし、祖父母のもとで育てられた。
祖父母との気持ちの擦れ違いの中、傷つきやすい心を厚化粧で守ってきたお雛だが、
許嫁となった正三郎との祝言が近づき、こころが揺れる。
そんな時、若だんなのもとに出向いたお雛は、思いがけない相談相手に出会うのだった…
その相談相手、というのが屏風のぞきだったりする。
屏風に巣くう付喪神でちょっとヘンな伊達男、屏風のぞきはお馴染みのキャラクターだが、
こうして主役級の扱いは初めてとなるんじゃなかろうか。
チャラいようで、意外と重厚、冷たいようで、
意外にお節介な屏風のぞきの描写が、どこかほほ笑ましい。
お雛の心情はまこと時代小説ならでは、の味わいなだけに、そのミスマッチの妙が楽しめる。


「動く影」は若だんながまだ幼いころのお話。
床につきがちな若だんなの一番の親友、栄吉との親交が深まるきっかけになった事件を描く。
病弱なだけだった若だんなが、
自分なりにどう周囲の世界との関わるか、そのアイデンティティ探しの物語となる。
子供たちへの優しい視線が、こちらのこころも温めてくれる一編だ。


「ありんすこく」は書き下ろし。
オビにもある、吉原の娘と駆け落ち、というお話だ。
書き出しの若だんなの言葉が、何とも人を食っている。
妖の兄や、二人に話しかける場面だ。
「ねえ仁吉、佐助、私はこの月の終わりに、吉原の禿を足抜けさせて、一緒に逃げることにしたよ」
病弱なダンナが、なぜか吉原の禿(花魁見習い、みたいなもの?)と駆け落ち、
と聞けば、冗談か、うわごとか、と「何だそりゃ」状態になるところだが、
話が深まっていくと、なるほど、味のある小説に仕上がっているな、と感心させられる。
「〜でありんす」と話す吉原の遊女の世界を描いている。
当然、当時のその世界のことだから、ううん、と唸るほど切ない話となる。
一人の遊女をめぐる、さまざまな人たちの想いが、
ほかの短編とは一風違った味わいを醸し出しているな、と。


「おまけのこ」は、
高価な真珠の玉の盗難事件をめぐって、鳴家(やなり)がいなくなってしまうお話。
この小説のマスコット的存在でもある、小鬼の鳴家は、
噂される映画化でも、ある意味ネックになると思うのだが、
「きゃわきゃわ」「ぎゅわぎゅわ」とにぎやかに騒ぐ描写が、とにかくキュンとくる。
好奇心旺盛で、ちょっと憶病、ちょっと悪戯、ちょっと食いしん坊で、甘えん坊。
そんな鳴家の大冒険と活躍は、これまたたまらない。
謎解きとしては、さほど劇的な展開こそ見せないが、
しゃばけ」シリーズならでは、という感じの一編だ。


以上5編。最初にも書いた通り、
マンネリではあるのだが、それなりにちょっと違った味つけもあり、安心して楽しめる一冊。
この後がどう展開していくのか、と思うとやや微妙な面もあるが、
やはり読み続けてしまうだろうな、と思うシリーズだ。
狐者異はまた登場するような気もするが、
そうすると短編集じゃなく、連作による大きな謎解きになりそうかな、と勝手に予想する。
何にしても楽しみな続編、1年後といわず、もうすこし早めに出ないものか、期待を膨らますのだった。