乾くるみ「リピート」。

mike-cat2005-08-13



タイムトリップもののレビューをまとめているユキノさん絶賛の一冊。
http://time.diji.boy.jp/?eid=160944
オビはこんな感じ。
「限りなく本格ミステリに近い
〝思考実験の罠(センス・オブ・ワンダー)〟が読者を待ち受ける。」
で、「リプレイ」+「そして誰もいなくなった」の衝撃。
アガサ・クリスティの名作「そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)」と
ケン・グリムウッドの傑作「リプレイ (新潮文庫)」を、
まとめて一気にやってしまおうとは、まことに豪気な話である。


物語は、大学4年生の〝僕〟にかかってきた、1本の、怪電話から始まる。
「今から一時間後の午後五時四十五分に、地震が起きます。
 三宅島で震度四、東京では震度一です。確認してください。
 もう一度言います。今から一時間後、五時四十五分です。ジシンがあります」
五時四十五分の地震発生を確認すると、再び電話が。
カザマを名乗る男が語り出した話は、にわかには信じ難い内容だった。
現在の記憶を持ったまま、過去の自分に戻ってやり直しができるのだ。
かくして、人生の「リピート」に臨んだ〝僕〟たちだったが…


この小説、オビでもあるように、2部立てともいえる構成だ。
前半は「リプレイ」を彷彿させる、〝もし、過去の自分に戻れたら?〟について、
その原理に関する理論的な部分から、より現実的な問題まで、
この架空の問いについて、徹底的に掘り下げる。
なるほど、〝思考実験の罠〟とはよくいったもので、
非常に遊びが効いた問答を楽しむことができる。


後半に入ると、「リピート」した世界で起こった謎解きがメインになる。
パラレルワールドをまたがった、とんでもないカラクリも仕掛けられていて、これまた楽しい。
本格ミステリ〟に関しては、かなり疎い方なんで、
硬派なミステリ・ファンからすると、どういう評価になるのかはよく存じ上げないが、
僕程度のミステリ・ファンには、ぎりぎり難解じゃなくて、安易でもない。
「ほう、そうなるんだ」と、意外だけど、意外すぎないカラクリにはかなり好感が持てた。
オチも含め、個人的にはかなり楽しめた謎解きだったと思える。


そんなわけで、お楽しみも2本立てだったのだが、
やはり想像が膨らむのは〝もし、過去の自分に戻れたら?〟だ。
いまの意識を持ったまま、昔に戻る、というのはとても魅力的な想定だ。
たとえば、高校生の時だったら、と思うと、
いまの図々しさと経験であの頃の自分に戻れたら、あんなことやこんなことが…
と、ありとあらゆる方向に向かって、構想と妄想が展開する。
たとえば、取り返しのつかない人生の失敗であるとか(いや、特にした記憶はないが)、
やりたかったのにできなかったことにあらためて挑戦するだとか。
もちろん、高校生の時となると、
その後に大学受験が待ち受けていたり、就職活動が待ち受けていたり。
受験勉強らしいことを一切やらないで、人生ごまかしっぱなしの僕としては、
できれば受験に関わらないで済ませたい部分もあるから、微妙な感もあるし。


ただ、それはあくまでも25年の時を遡り、
18歳のころに戻ったグリムウッド「リプレイ」の話だ。
この小説で「リピート」できるのは、わずか10カ月前の自分だ。
結果のわかっているギャンブルで、とりあえずお金を、というのは言うまでもない。
別に金の亡者じゃないけど、あればあったでそれはうまく使えばいいだけ。
まあ、突然何億というお金が入って、いまと同じ生活ができるか、
と考えるともちろん無理だから、よくよく考えると難しい問題は内包はしているんだが。


でも、それ以上に「ほかに何するの?」を考え始めると、意外なほど思いつかない。
激動の10カ月を送ってきた人にとっては、貴重な10カ月にもなるだろうけど、
10カ月前に戻ったところで…、みたいな人の方が、けっこう多いんじゃないか。
実際、自分のこの10カ月を振り返ると、
確かにいろいろなことはあったけど、やり直したいこと、と思うとさほどない。
いいトコ、つまんなかった本、つまんなかった映画、美味しくなかった食事を回避して…
たぶん、現実問題じゃないから、あまり真剣に考えてないのもあるだろうけど、
さほど経済的な面はともかくとして、劇的に人生が変わるようなことなんて意外とないものだ。


でも、そうした様々な想定のもとの〝お遊び〟が展開するこの小説を読むと、
何となくさまざまな可能性が見えてくるような気がしてくる。
〝そうか、そういうこともできるな〟的な部分と、
〝それでも解決できないジレンマ〟みたいな部分がどんどんと提示されていく中で、
「さて、自分だったらどうする?」は、
パラレルワールド同様に無限の広がりを見せていく。
〝歴史の必然〟だとか〝タイムパラドックス〟がからみ、
謎解きを終えて迎える、物語の帰結はこれまた、いろいろと感慨深い。
善意だけの世界で終わらない、ビターな味わいもまた然り。
初めて読んだのだが、乾くるみという作家の世界の、奥の深さを見せられた思いだ。


読み終えて、また「リプレイ」が読みたくなる。そして「夏への扉 (ハヤカワ文庫 SF (345))」も。
(もちろん、「リピート」がその域まで達しているとはいわないが)
質のいいタイムトラベルものって、つくづく面白いな、とあらためて感動してしまったのだった。