伊坂幸太郎「陽気なギャングが地球を回す (ノン・ノベル)」

mike-cat2005-08-06



id:juice78さんからお勧めいただいた1冊。
そういえば、光文社のノン・ノベルって、初めてかも。


どこかヘンなギャングたち=銀行強盗グループを主人公に、
その〝こだわりの〟強盗ぶりを、軽妙なタッチで描くクライム・コメディだ。
現金輸送車、ではロマンがないらしい。
銀行を襲うこと、にロマンを感じる、というのが、そのこだわり。
ある日、まんまと横浜の銀行襲撃に成功、
現金4000万円也をせしめたギャングたちだったが…


物語全体のテンポはかなりいい感じで進んでいく。
トリック自体は、そこまで目新しいとはいえない。
読んでいて、序盤からかなりはっきりめに次、次の展開が読めるんだが、
それはそれで意外に悪くない、不思議な心地よさが漂ってくる。
ラクリで驚かせよう、という作品ではなく、
もっと違うトコで読ませよう、という作品、ということなんだろう。


で、どこで読ませるか、というとキャラクター設定。
そのキャラクターたちの織りなすダイアログにこそ、味があるといっていい。
たとえば、市役所勤務の成瀬、37歳。
嘘を見抜くことにかけては、天才的な感覚を見せる。
〝「昔っから、嘘に敏感だったの? 三十七年間も?」
 「たぶん、はじめからだ。はじめから分かった。
  人っていうのは、何かを取り繕うために、本心を隠すものなんだとな」
 子どものころ、母親が「お前がいなくちゃ生きていけないよ」と
 泣きそうになった時もそれが本心ではない、と成瀬には分かった。
 現に彼女は、それから一年もしないうちに家を出て、
 それでも元気で暮らしていたはずだ。〟
いや、よくよく考えると、だいぶ悲惨な話なんだが、
どこか他人事のようなのんきな語り口と、
シニカルな感覚の中に、何とも言えないユーモアが漂う。


その同級生、郷野は、大がつくほどの演説好き。
強盗に入った時だって、もちろん演説をかます
〝銀行強盗のたびに演説をするのは郷野のこだわりだった。
 代償には対価が支払われなければいけない、
 と郷野はつねに主張していて、強盗により受けた損害は
 自分の演説で補われると信じて疑っていなかった。〟
で、実際にはこんな感じ。
「さて、記憶ではあやふやなものです」で始まる、記憶の話だ。
シナプスの働きから、記憶というもののあやふやさ、
事件後の警察での事情聴取に向けた話、そして記憶と姿勢について、などなど。
はきりいって、意味はあるんだか、ないんだか…
というか、強盗された上に、ヘンな演説聞かされる方はたまったもんじゃない。
こうなるとホント、強盗が目的か、演説が目的か、
まことに微妙なラインにあるような気すらする。


あと二人のメンバーは、一本気な20歳のスリ師、久遠と、
体内時計がストップウォッチよろしく時を刻むドライバー、雪子。
うん、どう考えても、ヘンな4人組だ。
まあ、特にヘンな成瀬と郷野(その奥さんも、かなり…)の会話だけでも、
読んでいて、とにかく楽しめる、楽しい作品だ。
先日の「死神の精度」に続いての、イケてる一冊。
ようやく僕も、伊坂節に目覚めてきたのかな、とにやついてみるのだった。