乙一「GOTH 夜の章 (角川文庫)」「GOTH 僕の章 (角川文庫)」。

mike-cat2005-07-31

乙一は二月に「暗いところで待ち合わせ (幻冬舎文庫)」を読んで以来。
これまでに読んだ何作かは、どれも面白かったとは思うのだが、
なぜかその後に続けて読もうとは思わない、不思議な作家だ。
この本も読もうかな、と思いつつ、手に取ることのなかった一冊。
文庫化ということで、読んでみることにした。


いわゆるゴスな高校生である、〝森野夜〟と〝僕〟のお話だ。
といっても、原宿あたりによくいる不思議ちゃん、というか勘違いちゃん系とは違う。
もちろん全身黒い服に身を包むあたりは共通項があるのだが、
人間の暗黒面に並々ならぬ興味を示すあたり、中身までゴスに染まっている。
たとえば、森野の外見の特徴はこんな感じ。
〝髪の毛や目の色は黒色である。
 うちの高校の制服も黒色で、彼女の履いている靴も黒だ。
 彼女の身につけているもののの中で唯一色を持ったものといえば、
 制服のスカーフの赤色ぐらいである。
 全身が黒色の彼女にとって、夜という名前は合っているという気がした。
 夜の暗闇が人の形をとったら彼女のようになるのではないだろうかというほど、
 彼女の黒色に対するこだわりは徹底している〟


で、その森野夜は、クラスメイトと一切群れない。
はしゃぐ様子を見て、冷ややかな顔を向けるだけだ。
一方で〝僕〟は、内心はともかく、面倒を避けるために、
表面的にだけは笑顔も見せるし、会話もする。
だが、あくまでその場を繕うだけなので、何を話したかすら覚えていない。
結局のところ、ふたりは同類だったりする。


で、このふたりは根っからのゴスだから
〝僕や森野は、異常な事件や、それを実行した者に対して、暗い魅力を感じる。
 心が切り裂かれるような、悲痛な人間の死。
 叫び出したくなるほどの不条理な死。
 それらの新聞記事を切り抜いて集め、その向こう側にある人間の心の、
 深く暗い底無しの穴を見つめるのが好きだった〟
だが、新聞記事を集めたりするぐらいでは、この小説はすまされない。
ふたりは実際に、様々な猟奇事件に遭遇する。
それは連続バラバラ殺人事件であったり、犬の略取虐殺事件であったり、
連続手首切断事件であったり(リストカットって、ふつう違わないか?)、と、
まことに正視(生読?)に耐えかねるような事件ばかり。
でもふたりは、そんな事件に魅せられ、引き込まれていく。


夜の賞では「暗黒系」「犬」「記憶」
僕の賞では「リストカット事件」「土」「声」
どれも陰惨で奇妙な事件ばかりに、二人が出逢い、関わっていく。
で、そこにミステリー的な仕掛けがなされている、というわけだ。
陰惨な事件に関しては、正直読んでいていい気はしない。
概念的な遊び、ということは承知しているが、
淡々と描かれる〝それ〟は、人間の暗い欲望に対する、あまりにも明るい肯定に思える。


「こういう本が、実際の犯罪を呼び起こす」的な議論は嫌いだし、
実際こういう本に影響を受けた、と話す人間は、
もともとのそういう素質を、影響を受けた形で体現しているだけだと思うので、問題はないと思う。
ただ、この本で出てくる事件は、やっぱり気分悪い。
羊たちの沈黙 (新潮文庫)」に代表されるようなサイコ・キラーものは好きだけど、
この本とは、猟奇的な事件に対するスタンスそのものが違う気がする。
もちろん、偽善の装いを施し、その暗い欲望をカムフラージュした作品も多々ある。
そういう作品と比べ、真っすぐ暗い欲望を描き出した点では評価できると思うのだが、
やっぱりどうしても気分は優れないのだ。


ミステリー的な仕掛けに関しては、
ぼくはいわゆる本格ミステリからは縁遠い人間なので、多くを語る資格はない。
しかし、読んでいて「それはちょっと反則じゃ…」と思うことは少なくなかった。
もちろん、えっ!と驚くこともあったのだが、正直「やられた…」という感じはない。
巧妙に騙された、というのはこの世界では褒め言葉だと思うのだが、
こちらも読んでいて、あまり心地よいとは言えなかった。


もちろん、つまらない本、では決してない。
むしろ、読み応えは十分だ。
〝夜〟や〝僕〟の描写は秀逸だと思うし、ストーリー展開も面白い。
ただ、気持ちがどうしても、あと一歩入っていかない。
それはあくまで好みの問題もあるだろうが、
少なくともこの題材に対し、この小説のようなアプローチでは接したくない。
だんだん混乱してきた気もするが、
ひとことでいうならこの小説は、
優れた作品ではあると思うが、いい作品とは思えない、というところか。
乙一にはもっと優れた、いい作品がたくさんあると思うので、ほかの作品に期待することにする。
まあ、最初にも書いた通り、続けて読もうと思わない作家なので、
またしばらくは次の作品も読むこともないかもしれないが…