ロバート・J・ソウヤー「さよならダイノサウルス (ハヤカワ文庫SF)」

mike-cat2005-07-05



id:juice78さんのブログで紹介されてた本。
何といっても恐竜だし、やけにそそる感じ。さっそく読んでみた。
いや、こんな面白い本なのに、全然知らなかった。
あらためて、世の中にはたくさん面白い本があるんだな、と実感する。


カナダはアルバータ州の古生物学者ブランドンは、
恐竜絶滅の謎を解き明かすべく、ついに発明されたタイムマシンで、
親友で同じく学者のクリックスとともに、白亜紀末期に向かう。
隕石説に火山噴火説などなど、諸説ぷんぷんの論争に決着、と意気込み、
白亜紀の地球に降り立ったブランドンたちの前にはお約束の恐竜が。
こりゃ、たまらんと逃げ出したブランドンたちの背中に、声がかかる。
「待ってよう」。喋ったのは、何と恐竜だった!


喋る恐竜…
ポケモンんじゃあるまいし、これだけ聞くと、まさにトンデモSFなのだが、
これが意外とそうでもない。
なるほど、そのカラクリを読み込んでいくと、ふむふむと物語世界に引き込まれる。
恐竜絶滅にまつわる諸説の解説や、
お約束のタイムパラドックスパラレルワールドの部分の解説もなかなか整理できてるし、
最後のオチも含め、エンタテイメント性と絶妙のバランスで、物語の設定が組まれている。
まあ、たぶんハードなSFファンからすると、
「あれがおかしい」「ここに矛盾が…」というやつなのかもしれないが、
僕的には違和感なく、楽しむことができた。


主人公ブランドンのキャラクターもなかなかだ。
世界初のタイムトラベラーとくれば、さぞかしエリート学者かと思いきや、そうでもない。
どうも、大がかりな派遣隊を出す前の、偵察隊扱い。
自己紹介が、なかなか毒があって楽しい。
〝ブランドン・サッカレー、四十二歳、すこし腹が出ていて、白髪はたくさんあり、
 いまいましい公務員のはしくれとして、とある博物館でキュレーターをつとめている。
 そうそう、わたしは科学者でもあるちゃんと博士号を持っている
 −とあるアメリカの大学が、わたしを追い出すためにそれをよこしたのだ。
 時間を越えてうろつくのが科学者だというのは理にかなった話かもしれない。
 とはいえ、わたしは冒険家ではない。
 ごくふつうの男で、こんなプロジェクトにかかわらなくても、ありがたいことに仕事はたくさんある。
 病に苦しむ父親がいて、離婚していて、
 つぎの地質時代がはじまるまでには完済できるかもしれない借金をかかえていて、
 花粉症持ちでもある。ごく常識的な要素ばかりだ。〟


ブランドンは物語の語り手として、終始このセンスで冒険譚を彩っていく。
一方で、この自己紹介にもあるように、
癌で死を目前にし、ただただ苦しむだけの父がおり、
最愛の妻テスは、とくに理由もわからないまま、自分のもとを去っていった。
恐竜絶滅の謎解明もいいのだが、自分の周囲も問題は山積みだ。
この主人公にまつわるサイドストーリーも、物語の重要な要素になっている。


このブランドンを語るキーワードのひとつに〝優柔不断〟がある。
作品中〝行動しないというのは、それ自体がひとつの決断なんだぞ〟という言葉が紹介される。
それは、為政者に対しても、世の大勢に対しても、同意した、という決断でもある。
よく〝政治的な発言は控えます〟という言い方がある。
もちろん、TPOを考慮において、なら構わないのだが、
発言すべき時もこういうことを平気で言い放つ人がいる。
それが為政者に対する完全な隷属ということ、そして
そのひと言が持っている政治性をまったく理解していない発言だ。
この小説には、〝物言わぬヒトは意見がないヒト〟として、
斬り捨てられる西洋社会っぽさが、かなり強い感じで強調されている。
そして、この信念にまつわる、ブランドンの成長物語も、この作品の軸となっているのだ。


物語全体のテンポとすると、
中盤の中だるみから、後半の展開の速さへの一気のギアチェンジで、
ちょっと戸惑う部分もあったけど、ページをめくる手はやはり止まることはない。
タイムトラベルものの定番ともいえる、最後にニヤリとさせるオチも絶妙。
そんなわけで読後感も、一抹の切なさを感じさせつつ、力強い希望に満ちる。
また、いい作家に出会うことができた。ホント嬉しい限り。
ネビュラ賞受賞の「ターミナル・エクスペリメント (ハヤカワSF)」も読んでみなければ、
とまた予定本を増やし、ニヤリとするのだった。