松井今朝子「家、家にあらず」

mike-cat2005-07-01



書店店頭では、以前から気になっていた作家。
相も変わらず「本の雑誌」のお勧めにあったので、手に取ってみる。
オビには「家と血の絆を巡る長編時代ミステリー」とある。
これ、バラしすぎじゃない?
確かに読み出すと序盤でその〝秘密〟はわかってしまうけど、
何かもう少し、後半のサプライズに取っておけば、という感じもあり。
ましてや、オビに書いちゃったら、読む前からネタバレした状態に…
まあ、それを承知で味わう、刑事コロンボ系と思えばいいのかもしれないけど。


大名の奥御殿に奉公に上がった同心の娘、瑞江が、
オンナだらけの世界で出会う、いじめや諍いなど様々なできごと、
そして、人気役者の心中事件、そして殺人…
子どもの頃から謎の存在だった、奥御殿の〝家老〟御年寄の伯母とともに、
瑞江は事件に、そしてオンナだけの世界に挑んでいく。


時代が時代、そして瑞江は同心の娘だ。
正直キャラクター設定は難しかったと思う。
山本一力が描くような、町家の娘なら、奔放さも魅力だが、
武家の娘があまり奔放でも、どこかリアルさを欠きすぎるし、
かといってあんまりかしこまっては、面白みがない。
そのさじ加減がうまくいかないと、物語そのものに魅力が感じられなくなる。
その点、この瑞江は絶妙とは言えないけど〝なかなか〟なんではないかと思う。
真っすぐさと気の強さ、かといって別に鉄のオンナ、ではない。
20歳(といっても、当時はそこそこの年齢だが)の瑞々しさ、
みたいなのも伝わってきて、けっこう感情移入はしやすい。


それでも、女中として「うめ」という奥御殿名前をつけられると、
瑞江本来の気性は影をひそめていく。
名は体を表す、じゃないけど、
同じ部屋のほかの二人が「まつ」と「たけ」じゃ、そうなるのもムリはない。
お転婆娘が陰湿ないじめに、思わずポロリ…、とかあったりする。
こういう名前をつける、伯母のセンスというか、意図がいまいちよくみえないが、
オンナだらけの世界に苦しむ、瑞江の状況を彩る、いい感じの演出にはなっている。


小説自体は、微妙に説明くささが目立ち、
乗れなくなることもあったのだが、全般的にみれば、なかなか味わい深い。
やはり、最大の魅力は、この奥御殿の人間模様だ。
って、それももともと主題のひとつか…。


たとえば、奥御殿で一番雑多な扱いを受ける、下働き女中のお滝。
事実関係だけ並べると、お世辞にも幸福、とはいえないのだが、
本人にしてみると、さほど不幸とも思っていない。
で、瑞江は感心する。
〝小滝という女はどうやら良夫(おっと)にも恵まれず、下働きに一生を甘んじて、
 しかし傍目にどう見えようと当人はそれなりに達観しているようだった。
 人は心の持ち様次第で、どこにいて、何をしようが、
案外うまくやっていけるものかもしれない〟


一方で、殿様の子どもを産むため、醜い争いを繰り広げる女たちに、瑞江は辟易する。
〝女はだれしも嫁いで男子を産めば幸せになるとされている。
 けれど頭からそんなふうに決めつけられると、
 女はまるで跡継ぎの男子を産むための道具だといわれているようで哀しくなってしまう〟
これ、現代においてもこのレベルでものを考えているヒトは確実にいるので、
つくづく、どうにもならない世の中だな、と思うが、それは置いておく。
物語のツボは、
さまざまな奥御殿の女たちに、悲哀を覚え、共感を覚えていく中で、
瑞江は自らの人生観を築き上げていく。そう、瑞江の成長物語の側面も大きい。
で、自らの〝秘密〟に直面することで、さらにこの後の人生に大きな影響を受けていく。


ミステリーとしては、だいぶ弱いが、なかなか好感を持てる。
僕はかなり期待度高くして読んでしまったから、
多少裏切られた感はあるけど、そういう先入観さえなければ、まず楽しめる一冊だと思う。
これもまた話題になったらしい「非道、行ずべからず (集英社文庫)」で活躍した荻野沢之丞も、
重要な役柄で登場する。僕は読む順番が前後してしまったが、これもなかなか魅力かも。
そのうち、機会があったら、読んでみよう、と心に決める。
決めた、といっても、いつになったら読むのか、かなり微妙な部分はあるのだが。