十三・第七藝術劇場で「バス174」。

mike-cat2005-06-30



東京より公開遅いので、気付かなかった…。
ブラジルを震撼させた、「バス174」事件の実際の映像をもとに、
事件の背景となる、ストリート・チルドレンや警察の腐敗など、
犯罪王国ブラジルの深層をえぐる、調査報道型のノンフィクションだ。
あの大傑作「シティ・オブ・ゴッド DTSスペシャルエディション (初回限定2枚組) [DVD]」が、
物語という抽象画として描いたリオ・デ・ジャネイロの〝いま〟を、
ノンフィクションという具象画として、また、より告発的な要素を強めて描く。


バス174事件とは、2002年に、リオで起きたバスジャック事件。
6月12日の午前「174系統・セントラル行き」の路線バスで、
強盗に及んだ元ストリート・チルドレンのサンドロが、人質を取って立てこもった。
要求は、ピストルと手榴弾
「果たされなければ、午後6時に人質を皆殺しにする」。
警察の対応の遅れで、マスコミと野次馬に取り囲まれたバス。
警察の失態はその後も続き、事態は膠着状態に…。
ブラジル中の視線が集まる中、時間は刻々と過ぎていく。


映画の冒頭で、リオの街を俯瞰する映像が流れる。
邸宅もあれば、スラムもある。
貧富の差が激しい、あまりに〝極端な街〟の姿が、焼き付けられる。
そして、事態の推移を見守るように、流されるドキュメンタリー映像。
サンドロが叫ぶ「映画じゃないんだぞ!」の言葉が、
かえって非現実感を強調するかのような、不可思議な事件映像が、目を引く。
そして随所に、ブラジル社会が抱える問題が、提起されていく。
サンドロのような人物を生み出したのは、はたして誰なのか。
答えに窮するような、重い、重い命題が突きつけられていく。


バスジャック事件、と聞くと、例の「佐賀・バスジャック事件」を思い出すが、
単なる甘ったれのくそガキが起こした、あの事件とは問題の深さが違う。
深刻な貧困が生み出した、〝見えない子供たち〟ストリート・チルドレン。
存在は知っていても、見たくない現実に、人々は目を背ける。
むしろ、社会が生み出した被害者を嫌悪し、排除すら厭わない。


〝ストリート・チルドレンの駆除〟というのは聞いたことがあった。
街の富裕層や実力者の後ろ盾を得て、
身元すら怪しいような警察官たちが、憂さ晴らし半分に射殺する、なぶり殺す。
サンドロは、そんな〝駆除〟を逃れた、生き残りだ。
警察官が真夜中に車で乗りつけ、ストリート・チルドレン7人(もっと多い説もあるらしい)
を射殺した、カンデラリア教会虐殺事件を、実体験した一人だ。


そして、サンドロにはもうひとつの過去がある。
ストリート・チルドレンとなるきっかけとなった、強盗事件。
実の母親を目の前で刺し殺された子どもは、その後の人生をどう生きて行くのか。
それだけでももう、想像を絶する次元の体験だろう。
忌まわしい思い出を逃れるように、ストリートに身をやつしたサンドロは、
コカインに、シンナーに、そして犯罪に手を染めていく。


そして、幾度にもわたって〝詰め込まれた〟少年院、刑務所が、
サンドロに対し、さらなる陵辱を押しつける。
収容人員をはるかに越えた、劣悪を越えた劣悪な環境に、
でたらめな刑期、看守による暴力、カネがすべてものをいう腐敗…


社会から、二重三重に疎外される彼ら。
カンデラリアの事件だって、
市民からは虐殺を支持する声が高かった、というくらいだから、もう何をかいわんやだ。
こういうの聞くと、つくづく日本のホームレスとかの甘ったれぶりが、鼻につく。
このストリート・チルドレンたちを取り巻く環境が、
どれだけどうにもならない劣悪さと、絶対的な閉塞感で埋め尽くされているか。
何度も書くけど、ホント想像を絶する、としかいいようがない。



もちろん、人質を取っての立てこもり、が許されるわけではない。
まずは犯罪を起こした、サンドロ自身の人間性によるものだ。
事件の前、サンドロがコカインをキメまくっていた、というのも、
犯行に至った原因のひとつ、だと思う。
だから、サンドロの責任を軽減したい、とかどうこうは全然ない。
しかし、やはりこれだけの事実を突きつけられると、
サンドロ個人の責任追及以外に、
あまりに大きな問題が横たわっていることを、否定することはできない。
最近の治安の悪化を考えれば、別世界の話、と考えるのは不可能だ。
観終わると、こころには重い十字架がかけられた感触が残る。


その重い問題提起と別に、この映画で感じることがある。
まず、ブラジルの警察の無能ぶり、だ。
まず、駆けつけても、現場を全然封鎖しない。
マスコミから野次馬まで、バスに近寄り放題。ただただ、すごい。
だからこそ、緊迫感溢れる映像が可能になった、ともいえるのだが、
ブラジルのテレビ局のトンデモぶりにも、ひたすら感心させられる。
そういえば、以前仕事でブラジルに行った際、
ある〝事件〟に遭遇し、テレビ局のカメラに取り囲まれたことがある。
すごかった。ムチャクチャ…
ポルトガル語わからないことを伝えるのに、まずひと苦労。
そこから、拙い英語で内容を伝えるのにひと苦労(向こうも英語いまいち)。
で、知らんものは知らん、と納得してもらうのにまた、ひと苦労。
あの激しさを、思い出しながら、「やっぱりすごいな…」と感慨を覚える。


話が縒れたので、もとに戻るが、警察の無能さだ。
ふつう、ピストル持ったジャンキーが人質を取って立てこもったら、
スナイパーによる〝処理〟が妥当なはずだが、
テレビの目を気にして、ゴーサインが出ない。
ふだん、好きに犯罪者を撃ち殺しているくせに、なぜか体面重視だ。
というか、ピストル持った手と、頭を突き出している犯人ぐらい、
狙撃じゃなくても何とかせいよ、という情けなさだ。
たぶん、僕が人質だったら、犯人より警察に怒る。
「バカヤロウ! 能無し!」と、罵倒する。(警察に撃ち殺されたりして…)
人質と犯人の間の奇妙な連帯感、「ストックホルム症候群」が、
この事件でも発生したのだが、それもつくづく頷ける。


しかし、考えてみれば、警察がこれだけ無能の限りを尽くしたからこそ、
事件は長期化し、ブラジル中の注目を集める結果となり、
少なくともこういった形の問題提起に結び付いたと考えるなら、
結果的に、その無能も役に立ったのか、という気もしてくる。
あくまで、この結果に限り、ではあるのだが。


作品全般としてみると、中盤の展開がややダレるし、
被害者や警察、元ストリート・チルドレンらのインタビュー映像も多すぎるので、
構成の面からは、傑作とは言い難い部分もある。
しかし、圧倒的なパワーは「シティ・オブ・ゴッド」にも比肩しうるレベルだ。
「シティ〜」を観た時の、
撃ち抜かれたような衝撃(撃たれたことないが)には及ばないが、
それに近しいだけの、すごい作品だったと思う。
地味だけど、見逃せない一本。そう言い切って、間違いないはずだ。