十三・第七藝術劇場で「バス174」。
東京より公開遅いので、気付かなかった…。
ブラジルを震撼させた、「バス174」事件の実際の映像をもとに、
事件の背景となる、ストリート・チルドレンや警察の腐敗など、
犯罪王国ブラジルの深層をえぐる、調査報道型のノンフィクションだ。
あの大傑作「シティ・オブ・ゴッド DTSスペシャルエディション (初回限定2枚組) [DVD]」が、
物語という抽象画として描いたリオ・デ・ジャネイロの〝いま〟を、
ノンフィクションという具象画として、また、より告発的な要素を強めて描く。
バス174事件とは、2002年に、リオで起きたバスジャック事件。
6月12日の午前「174系統・セントラル行き」の路線バスで、
強盗に及んだ元ストリート・チルドレンのサンドロが、人質を取って立てこもった。
要求は、ピストルと手榴弾。
「果たされなければ、午後6時に人質を皆殺しにする」。
警察の対応の遅れで、マスコミと野次馬に取り囲まれたバス。
警察の失態はその後も続き、事態は膠着状態に…。
ブラジル中の視線が集まる中、時間は刻々と過ぎていく。
映画の冒頭で、リオの街を俯瞰する映像が流れる。
邸宅もあれば、スラムもある。
貧富の差が激しい、あまりに〝極端な街〟の姿が、焼き付けられる。
そして、事態の推移を見守るように、流されるドキュメンタリー映像。
サンドロが叫ぶ「映画じゃないんだぞ!」の言葉が、
かえって非現実感を強調するかのような、不可思議な事件映像が、目を引く。
そして随所に、ブラジル社会が抱える問題が、提起されていく。
サンドロのような人物を生み出したのは、はたして誰なのか。
答えに窮するような、重い、重い命題が突きつけられていく。
バスジャック事件、と聞くと、例の「佐賀・バスジャック事件」を思い出すが、
単なる甘ったれのくそガキが起こした、あの事件とは問題の深さが違う。
深刻な貧困が生み出した、〝見えない子供たち〟ストリート・チルドレン。
存在は知っていても、見たくない現実に、人々は目を背ける。
むしろ、社会が生み出した被害者を嫌悪し、排除すら厭わない。
〝ストリート・チルドレンの駆除〟というのは聞いたことがあった。
街の富裕層や実力者の後ろ盾を得て、
身元すら怪しいような警察官たちが、憂さ晴らし半分に射殺する、なぶり殺す。
サンドロは、そんな〝駆除〟を逃れた、生き残りだ。
警察官が真夜中に車で乗りつけ、ストリート・チルドレン7人(もっと多い説もあるらしい)
を射殺した、カンデラリア教会虐殺事件を、実体験した一人だ。
そして、サンドロにはもうひとつの過去がある。
ストリート・チルドレンとなるきっかけとなった、強盗事件。
実の母親を目の前で刺し殺された子どもは、その後の人生をどう生きて行くのか。
それだけでももう、想像を絶する次元の体験だろう。
忌まわしい思い出を逃れるように、ストリートに身をやつしたサンドロは、
コカインに、シンナーに、そして犯罪に手を染めていく。
そして、幾度にもわたって〝詰め込まれた〟少年院、刑務所が、
サンドロに対し、さらなる陵辱を押しつける。
収容人員をはるかに越えた、劣悪を越えた劣悪な環境に、
でたらめな刑期、看守による暴力、カネがすべてものをいう腐敗…
社会から、二重三重に疎外される彼ら。
カンデラリアの事件だって、
市民からは虐殺を支持する声が高かった、というくらいだから、もう何をかいわんやだ。
こういうの聞くと、つくづく日本のホームレスとかの甘ったれぶりが、鼻につく。
このストリート・チルドレンたちを取り巻く環境が、
どれだけどうにもならない劣悪さと、絶対的な閉塞感で埋め尽くされているか。
何度も書くけど、ホント想像を絶する、としかいいようがない。
もちろん、人質を取っての立てこもり、が許されるわけではない。
まずは犯罪を起こした、サンドロ自身の人間性によるものだ。
事件の前、サンドロがコカインをキメまくっていた、というのも、
犯行に至った原因のひとつ、だと思う。
だから、サンドロの責任を軽減したい、とかどうこうは全然ない。
しかし、やはりこれだけの事実を突きつけられると、
サンドロ個人の責任追及以外に、
あまりに大きな問題が横たわっていることを、否定することはできない。
最近の治安の悪化を考えれば、別世界の話、と考えるのは不可能だ。
観終わると、こころには重い十字架がかけられた感触が残る。
その重い問題提起と別に、この映画で感じることがある。
まず、ブラジルの警察の無能ぶり、だ。
まず、駆けつけても、現場を全然封鎖しない。
マスコミから野次馬まで、バスに近寄り放題。ただただ、すごい。
だからこそ、緊迫感溢れる映像が可能になった、ともいえるのだが、
ブラジルのテレビ局のトンデモぶりにも、ひたすら感心させられる。
そういえば、以前仕事でブラジルに行った際、
ある〝事件〟に遭遇し、テレビ局のカメラに取り囲まれたことがある。
すごかった。ムチャクチャ…
ポルトガル語わからないことを伝えるのに、まずひと苦労。
そこから、拙い英語で内容を伝えるのにひと苦労(向こうも英語いまいち)。
で、知らんものは知らん、と納得してもらうのにまた、ひと苦労。
あの激しさを、思い出しながら、「やっぱりすごいな…」と感慨を覚える。
話が縒れたので、もとに戻るが、警察の無能さだ。
ふつう、ピストル持ったジャンキーが人質を取って立てこもったら、
スナイパーによる〝処理〟が妥当なはずだが、
テレビの目を気にして、ゴーサインが出ない。
ふだん、好きに犯罪者を撃ち殺しているくせに、なぜか体面重視だ。
というか、ピストル持った手と、頭を突き出している犯人ぐらい、
狙撃じゃなくても何とかせいよ、という情けなさだ。
たぶん、僕が人質だったら、犯人より警察に怒る。
「バカヤロウ! 能無し!」と、罵倒する。(警察に撃ち殺されたりして…)
人質と犯人の間の奇妙な連帯感、「ストックホルム症候群」が、
この事件でも発生したのだが、それもつくづく頷ける。
しかし、考えてみれば、警察がこれだけ無能の限りを尽くしたからこそ、
事件は長期化し、ブラジル中の注目を集める結果となり、
少なくともこういった形の問題提起に結び付いたと考えるなら、
結果的に、その無能も役に立ったのか、という気もしてくる。
あくまで、この結果に限り、ではあるのだが。
作品全般としてみると、中盤の展開がややダレるし、
被害者や警察、元ストリート・チルドレンらのインタビュー映像も多すぎるので、
構成の面からは、傑作とは言い難い部分もある。
しかし、圧倒的なパワーは「シティ・オブ・ゴッド」にも比肩しうるレベルだ。
「シティ〜」を観た時の、
撃ち抜かれたような衝撃(撃たれたことないが)には及ばないが、
それに近しいだけの、すごい作品だったと思う。
地味だけど、見逃せない一本。そう言い切って、間違いないはずだ。