こちらも怖い「危ない食卓」

フェリシティ・ローレンス「危ない食卓 スーパーマーケットはお好き?」。

こちらも、なまじっかのホラー小説よりずっと怖いノンフィクションだ。
食の現場にはびこる欺瞞、そして犯罪的な行為の数々…
グローバリズムの弊害で、危険な兆候を示す〝食の現状〟に、
巨大スーパーマーケット・チェーンという切り口から警鐘を鳴らす。
ウォルマートの進出など、近年急激にアメリカ型の流通が浸透しつつあるイギリス。
ヨーロッパ全土ならず、アジア、アフリカからかき集められた食品は、
いったいどんな製造法で作られ、どんな経路をたどって消費者のもとに届くのか。
季節を無視した安定供給や、特売価格の裏側で、何が起こっているのか。
便利の名のもとに行われている、信じられないような実態を暴く。


エリック・シュローシャー「ファストフードが世界を食いつくす」は、
ファストフードという切り口からグローバリゼーションの弊害に警鐘を鳴らしたが、
この巨大スーパーマーケット・チェーン、というのもなかなか強烈だ。
グローバリゼーションがもたらした利益、破壊した文化、そして…
イギリス「ガーディアン」紙の消費者問題記者の作者は、
ヒステリックに否定することなく、
歴然とした事実を並べていくことで、その問題の本質を突いていく。


第1章「チキン」では、食の安全がいまどうなっているのか、
スーパーの特売の目玉商品、チキンを取り上げ、リポートする。
チキンといえば、「ファストフードが〜」でも、ハンバーガーのパティやチキンナゲットが、
どんなに不潔で危険な〝肉〟を使っているか、
というか、肉すらロクに使ってない現状を暴いたが、この本でも強烈だ。
日本の鶏肉(食肉加工)産業がやっていない、とはとても思えない、
とても〝クレバー〟に、そしてイージーに利益を生み出す手口が紹介される。


ナゲットの原料はもちろん強烈だ。
食肉家畜の残骸を濾して作ったMRMに大豆タンパク、風味づけにトリ皮。
それを増粘剤にポリリン酸塩、乳化剤、香料、砂糖を使って成形する。オエッ。
じゃあ、肉そのものを食べればいい、と思ったら大間違い。
肉そのものだって、ものすごい加工がなされている。
狂牛病の疑いすらあるようなウシ、そしてブタの廃棄物から作った、
加水分解タンパク質に、水、塩、糖、増粘剤、香料を加えた液体を注射する。
こうすると、肉そのものの悪さもごまかせるし、ボリュームだって増やせる。
もともとが効率重視のブロイラーだから、
奇形は当たり前、育て方も抗生物質漬け、ろくな管理もしないから共食いだってしてる。
こういう次元のモラルで食べ物を扱うヒトたちだから、
病死した鳥とかだって、洗浄して平気な顔で戻すのだ。
これがすべて、安価で安定した大量供給の大義名分のもと、行われる。
コストを一切無視した、信じ難い価格競争を生産者に押しつける、
巨大小売業の存在抜きに、こうした非道の数々は語ることはできない。


「もう、気持ち悪くて鶏肉食べられない…」
とに思いを胸に、第2章「レタス」に進むと、今度は
世界中から食べ物をかき集めるグローバリゼーションの手法が、
深刻な環境破壊をもたらしている現実が明らかにされる。
「フードマイル」という専門用語がある。
食べたら食べただけ、マイルが溜まる♪、とかいう楽しいやつじゃない。
その食べ物が消費者のもとに届くまでに距離、つまり環境に負担をかけた距離だ。
近所のスーパーで売ってるベジタブル・セットが8500マイル。
イギリスでできた物まで、わざわざケニアに空輸し、
ケニア産の野菜と混ぜて、パックし直し、ふたたびイギリスに空輸する。
イギリスとケニアの人件費の大幅な違い、
そして加工品輸入などに関する関税システムがもたらすねじれ現象だ。


そして第3章「サラダ」に移ると、
まずは栄養素のすっかり抜けた野菜の残骸、パックサラダの残留塩素の話。
そして、無理矢理な野菜作りがもたらす、これまた深刻な環境破壊…
しかし、問題はそれだけじゃない。
そのサラダを作っているヒトたち、つまり不法入国の労働者たちの現状が語られる。
低賃金に加え、最悪の労働条件、そして詐欺そのものの搾取。
まさに現代の奴隷制度そのもの、といえる現状には、憤りと涙を禁じ得ない。


第4章「パン」では、
KVI(Known Value Item=誰でも値段を知っている)の、
目玉特価品として、スーパー間の安売り競争の武器にされるパンを通じて、
食文化や地域文化が破壊されていく様を紹介する。
もちろん、そこ作られるパンは、インチキそのもの。
味も素っ気もないだけならまだしも、感染症の危険すらある、危険な商品だ。


第5章「リンゴとバナナ」で語られるのは、企業の「帝国主義化」だ。
スーパー向けに大きさ、色を〝規格化〟された農産物のもたらす弊害、
販促キャンペーンの名を借りた生産業者からの搾取、
そして、CDや出版物に対する文化的検閲に、
消費者へのルートを独占することによる、不当な価格操作…


もう、ここらでかなり気分は悪いんだが、まだまだ畳みかける。
第6章「コーヒーとエビ」では、
小売業そのものからは離れるが、
国際的なコーヒー加工業者が不当に利益を独占し、
アフリカやアジアの経済を揺るがし、新たな貧困を生み出す現状が述べられる。
いわゆる「南北問題」だ。
これがエビでは、問題はふたたび環境破壊などにも波及する。


第8章「できあい食品」では、
添加物と、不正表示(法的には問題なし)など、
さまざまなごまかしのテクニックが紹介される。
どうやって消費者の目先をほかに向け、出し抜き、騙すか。
「天然」に「オーガニック」、「低脂肪」、「ノンカロリー」という甘言すら、
簡単には信用してはいけないのだ。あーあ、どうしよう…


ここまで読むと、もう何を食べていいのか、という感じになってくるのだが、
この本、これだけ悲惨な現実を示した上でも、読者に不思議と絶望感を抱かせない。
少しずつでも、対抗する策を提案しているからだ。
まずは食品ラベルを詳細に見る、ということ。
添加物なしの食品は高いし、かなり苦しいが、それしか道はない。
多少高くても、安全でまっとうなモノを売る店を使う。
そして、ヘンに安い特売品には手を出さない。
その安さの裏で泣かされているヒトの立場を考えれば、
値段だけを目安に、店選びをするのは、搾取に手を貸すことになる。
結局、どこかでその仕打ちは自分に返ってくるわけだし。
事実上、これを徹底するのはムリだけど、
ただ、こうした仕組みを理解した上で、〝なるべく〟徹底することはできる。


内容はものすごいけど、
ヒステリックに、そして扇情的にあおり立てることがないから、読後感は意外に悪くない。
もとの文章もそうなのだろうが、訳もとてもいいので、非常に読みやすい。
読み終わって、パック・サラダとナゲットは食べられなくなるが、
一読の価値以上のものが十二分にある、読み応えのある一冊。
学校教育の現場でも、受験向けカリキュラムを減らし、
〝消費者教育〟という教科を新設して、この本を参考書に使って欲しい。
美味しんぼ」の〝食べ物が危ない〟シリーズ要約版、ともいえるけど、
100巻近いコミックを読むよりは、ずいぶん楽だと思うし、ね。